共存を探る(下)

共存を探る(下)

福元産タンカンの品質の良さが評価された今期の群島品評会

共存で付加価値、産業成長へ

 電気柵の難点とされるのがメンテナンスだ。鈴木さんによると、周辺にたくさんある枝葉や草が触れただけでも漏電が発生し、電気を通さなくなるという。これでは使い物にならない。漏電を防ぐには頻繁に果樹園に足を運び、草刈りや枯れ枝の除去など管理作業が欠かせない。また、対象獣のサイズや行動を考えて設置を工夫することも重要だ。

 「電気柵を施すとしても、『どういう状況でどういう時期に行うか』という視点が必要。私はクロウサギの生態や行動を研究しているので、それらの情報が被害対策に役立てばうれしい。しかし、被害防除の専門家ではない。農家の生活を守るためにも被害防除の専門家もまじえた協議の場を行政は考えてほしい」(鈴木さん)。

 樹木のせん定後などに塗る薬剤が効果的という情報もあり、クロウサギを対象にした忌避剤の試験研究も一つの方法だ。こうした方策を具体的に進めるためにも、やはり行政の関心が前提となる。

 草食動物のウサギは多食性でもある。鈴木さんによると、アマミノクロウサギも同様。果樹の樹皮や葉だけでなく、防風垣として植栽されたほとんどの樹種を食べてしまう。果樹農業が成り立たないような食害を食い止めつつ、またクロウサギの生息域を保護できるような対策は可能なのだろうか。対策に向けた着手の遅れは被害を拡大させ、農家の意欲を喪失させるだけだ。産業を存続・振興させるため行政による早めの対策が急務となっている。

 ▽付加価値

 こんな情報もある。「この問題と同じようなことが、同様に世界自然遺産候補地となっているやんばる地域(沖縄島北部)でも起きている。希少種ノグチゲラによる農作物被害だ。関係行政機関が協議し、ネットを被せるなどの防除策がとられているらしい」。こうした事例も参考にしたい。

 効果的な対策を進めて共存が図れたら、それにより付加価値が生まれる可能性がある。現在の状況を逆手にとって「アマミノクロウサギと一緒に育ったタンカン」を打ち出すという方法だ。これは奄美産、福元産のタンカンを島外で販売する上で大きなセールスポイントになるのではないか。

 クロウサギは奄美の希少種のシンボル的存在であり、世界的にも知られている。「クロウサギと一緒に育ったミカンなら購入して食べたい」という需要が期待できる。国内、あるいは国外にも販路が広がるかもしれない。タンカンのブランド価値を高めることになるだろう。

 ▽生産者支援

 県内一の産地であるスモモを主体に、長年「果樹のむらづくり」を進めてきた大和村。村産業振興課の仲新城長政課長は「果樹のむらづくりは継承しており、スモモを守りながら第二の果樹としてタンカン、津之輝なども奨励している。果樹農業の振興は、村長もトップセールスに積極的に乗り出すなど村政の重要な柱」と語る。

 タンカン生産の適地として産地づくりを進めているのが福元だ。果樹園の面積は18㌶あり、生産者は15人。「福元でタンカンを作りたい」として地元住民だけでなく、奄美市名瀬や宇検村から通う生産者もいる。耕作可能な面積は70㌶もあり、さらにタンカンの栽培面積は増えるだろう。こうした生産者の支援策として村は、農林水産省の中山間地域等直接支払制度を活用。「福元集落協定」に基づき生産者同士の話し合い活動を推進しながら、交付金を適用している。

 制度は、農業生産条件の不利な地域で、集落等を単位に、農用地を維持・管理していくための取り決め(協定)を締結、それにより農業生産活動等を行う場合に、面積に応じて一定額を交付する仕組み。この交付金は地域の実情に応じた幅広い使途に活用できる。福元地区では規模拡大に必要な農機具の購入のほか、販売対策として「福元産タンカン」をPRするのぼり製作等にも役立てる方針だ。

 福元でのタンカン生産を国の制度も活用し支援している村。クロウサギによる食害に関しては、どのように向き合うのだろう。産業振興課は「世界自然遺産登録を目指している中、希少種の保全は当然重要なこと。保全と同時に産業も守らなければならない。まずは被害の現状把握に努めたい。鳥獣による農作物の被害状況調査は毎年行っている。イノシシやカラスなどが対象だったが、新たにウサギも加えたい」との意向だ。

 調査は例年、3月から開始。各市町村の報告を経て県大島支庁が5月にまとめる。調査に基づいて被害の現状を明らかにし、村は県や環境省など関係機関と対策の進め方を協議していく方針だ。

 現状把握後、この問題に対しての生産者支援にも速やかに踏み出してほしい。大和村は新年度施策の基本方針で、「農林水産業の振興による雇用創出と販路の確立による村の活性化対策」も掲げている。生産の安定なくして雇用創出や販路確立は成り立たない。活性化も描けない。産業の原点である生産安定に目を向けたい。

 希少種も生息できる果樹の食害対策が確立されたら、共存によって付加価値が生まれ、産業の成長につながるだろう。多くの島民が関わる一次産業と融合することで、世界自然遺産が身近になる。
 (徳島一蔵)