「共存を探る(上)」

アマミノクロウサギによる食害を受けたタンカンの樹木(樹勢の低下で葉が黄色に変色、樹皮がかじられ白色化し枯れたものも)

表皮かじられ樹勢低下

 二、三十年前になる。群島の議会議員が一堂に会する議員大会でのこと。こんな発言が議員から飛び出した。「クロウサギは百害あって一利なし」。当時は「自然では、飯は食えない」として自然を破壊するような開発の優先が大勢だった。この頃を彷彿させるようなことが浮上した。だが、今は受け止めが異なる。自然、生息する希少種などを保全することが産業の振興、島民の暮らしを守ることにもなる。世界自然遺産登録を目指す中で、希少種と産業の共存の在り方を探った。

 「奄美のアルプス」が育むとして「奇跡のタンカンツアー」と銘打たれた場所がある。大和村の福元盆地だ。奄美で最も高い湯湾岳(標高694㍍)の麓に広がる丘陵地で、標高260~420㍍のところにタンカンの樹園地がある。同様に果樹農業が盛んな奄美市名瀬の本茶団地(同360㍍)よりも高い。標高が高くしかも盆地にある果樹園。寒暖の差が大きいことから「タンカン栽培の適地」として知られている。

 奄美大島のタンカンの中でも「福元産の品質は別格」とされている。まず外観。今期は年明け以降の曇天続きや長雨による日照不足が指摘されたが、福元産は鮮やかな紅が乗っている。味について生産農家で、JAあまみ大島事業本部果樹部会長の大海昌平さんは説明する。「平場(低地)は平場の良さがあるが、標高が高いとしゃきっとしたはっきりした味になる。糖度も高い。仕上がり時期である冬場の昼間と夜間の気温差がもたらしているほか、高地のため太陽の恵みの日差しをたっぷり浴びているからではないか」。

 ▽高品質

 今年度の奄美群島タンカン品評会では福元産の品質の良さがあらためて証明された。2L階級で最高賞の金賞を福元盆地で栽培している農家(麓富吉さん)が受賞したのだ。地元の行政機関である村産業振興課からは「群島品評会が開催されるのは2月上旬。福元産の収穫適期は2月中下旬から3月にかけてだけに、どうしても時期的に不利だった。それでも金賞を受賞した。福元産の高品質を印象づけることができた」と喜びの声があがった。

 高品質を生み出す条件のほか、同地区のタンカン農家は「農地として活用できる土地があるのも大きな魅力。タンカン一つでも経営が成り立つよう規模拡大ができるのは、奄美大島で福元くらいではないか」と話す。将来にわたる果樹農業の展望が描ける。そんな産地で生産の安定を揺るがす事態が表面化した。国の特別天然記念物アマミノクロウサギによる食害だ。

 ▽異様さ

 被害を訴える農家の果樹園に足を運んだ。盆地内に開設された奄美フォレストポリスの駐車場に車を停める。農作業などで使用されている車両に乗り込む。駐車場とグラウンドゴルフなどが行われている広場間の道路を左側に回る。これまで通ってきた道路の背後だ。すぐに舗装が途切れ、凸凹が激しい山道になる。車内が揺れる。しばらくしてスギなどの防風樹に囲まれた果樹園が見えた。肥料用だろうか。手前にはビニール袋が山積みになっていた。

 果樹園の中に入った。タンカンの樹木が整然と植栽されている。すぐに他との違いが認識できた。一つ一つの樹にビニール袋が巻かれている。土に触れる下部からきつく縛るように。全体的に植栽直後と思えるほど葉に勢いを感じない。低木ばかりだ。枝から生い茂る葉の数が少ないうえ黄色く変色しているものもあった。

 果実が着いていた。収穫できる年数まで育っているわけだが、それでも着果数が少ない。案内した農家が一つ摘み取り味見を勧めた。さっそく口にした。水っぽい。味が薄い感じだ。「これでは福元産として販売できない」と農家。福元の別の果樹園産のタンカンを食べる機会を得たが、まず香りが違い、口中に甘味と酸味が広がった。美味しさが自己主張しているようだった。

 さらに衝撃な光景を目にした。わずか数十㌢しかない樹木があった。枯れたためだろう。上部を切断したようだ。明らかに異なるのは樹木の表面の色。白い。「アマミノクロウサギが樹の根元部分の表皮をかじったため。その食害を示すもの」(農家)。数十㌢の樹はすべて白色化していたが、枝葉がついている樹も根元部分が白くなっていた。こうした樹は、樹勢の低下というかたちで影響が及んでいる。ビニールを巻いた樹でも中をのぞくと白色箇所がある。ビニールをよけて食い荒らすのだろうか。樹の生長、果実の異変。タンカン生産園として成り立たないかもしれない。被害の深刻さが実感できた。