価値守るために⑤ 保全上の課題とは

市街地近くの希少種の盗掘跡を指す山下さん

絶えない盗掘と住民意識

 今夏の世界自然遺産登録に向けては、希少種保護なども課題とされている。保護活動に従事する奄美大島自然保護対策協議会パトロール員の山下弘さんに希少種の生息する場所を案内してもらった。偶然にも希少植物盗掘の痕跡を確認し、山下さんは絶えない盗掘に憤る。「住民の意識向上が課題だろう」。

 奄美大島の5市町村は、世界的に見ても貴重な島内に生息する野生動植物の保護を図り、総合的な自然保護を推進する目的で奄美大島自然保護協議会を設立。同会には現在、山下さんを含め4人がパトロール員として島内全体を巡回し、保護活動に取り組んでいる。

 山下さんと待ち合わせして、住宅地からほど近い海岸沿いの道路を散策。案内された場所に自生していたのは、環境省のレッドデータブックで絶滅Ⅱ類に指定されているオキナワチドリ(ラン科)。開花期を迎え可憐な花を咲かせていたが、大きさが長さ8~10㍉と小さな花なので、車で通過しては見過ごしてしまう場所だ。

 崖の崩落防止の金網越しに斜面で咲いている群生を眺めつつ、道なりに歩いて行くと山下さんが異常に気付いた。満開を迎えた群生の中に、15㌢程の穴が人為的にあけられていたのだ。

 「きれいに土がなくなり、株ごと持ち去られている。2日前には穴はなかったので盗掘されたのではないか」と山下さんは落胆した表情。オキナワチドリは九州南部から沖縄にかけて分布し、潮風があたる日当たりの良い場所に自生する野生ランだという。

 山下さんは盗掘の目的を観賞用と推察。群生地は市内の中心部からほど近い場所で、「奄美警察署の職員研修に際して、現地で咲いているのを観察してもらった場所」と説明した。

 ▽絶えない盗掘

 奄美群島国立公園が誕生して一年が経過したが、奄美大島では希少植物の盗掘が後を絶たない状況。昨年3月はアマミテンナンショウ、フジノカンアオイが被害に遭い、6月にはウケユリも盗掘されている。

 植物に造詣が深く、著書に『奄美の絶滅危惧植物』がある山下さん。これまで写真撮影に森に行き、何度も盗掘の痕跡を発見しているという。

 「盗掘されるのは、奄美固有のランやエビネ類がよく狙われる」と指摘。こうした希少種保護について山下さんは、「啓発や住民の意識向上が課題でないか。希少種保護は、今後ますます重要になる。世界自然遺産になったら奄美大島にたくさんの人が訪れるだろう」と語った。

 ▽規制を周知

 環境省奄美自然保護官事務所は3月、奄美の希少な動植物を守るため奄美大島(8枚)、請島(1枚)、徳之島(5枚)の計14カ所に動植物保護の法律・条例の規制内容を周知する看板を設置した。看板は全て国立公園の特別保護地区などに立てられ、来訪者や島民に国立公園内でのルールなどを理解してもらう目的としている。

 国立公園内では国立公園法で、希少種を含むすべての動植物の捕獲・採取、昆虫採集トラップの設置などは許可を受けずに行うことはできない。また国立公園以外の場所でも、「種の保存法」や県・市町村の「希少野生動植物の保護に関する条例」で規制されている希少野生動植物の捕獲・採取は、禁止行為になるという。

 6月24日からのユネスコ世界遺産委員会で、世界自然遺産登録の可否判断が決定される。山下さんは現状の体制下で希少種の盗掘が絶えないことなどから、「パトロール体制の充実を望むが予算もあるだろう。すぐに対応するのは難しいかもしれない」とし、奄美に多くの人が来ることで自然への影響を懸念している。

 世界自然遺産候補地として推薦されている奄美の自然。課題が解決されず価値が損なわれると登録後に危機遺産に指定される場合もあるという。
     (松村智行)
     =おわり=