メディアにできること

メディアにできること
福笑門所属で円盤投に出場した社会人選手。左から市来、川越、中崎
 
「鹿児島の投てき盛り上げたい」
様々な視点から素顔紹介

 

 「何か良いアイディアはない?」

 先日、第2回県陸上記録会を取材していた際、県陸上協会の山方博文理事長から意見を求められた。県内のトラック&フィールド競技の開幕戦ともいうべき記録会だが、トップレベルの選手が出場せずに、県外の別の大会に出るなどで今一つ盛り上がりに欠けるという。今年はメーン競技場が改修工事中で使えず、補助競技場で開催されたこともあって、確かに「本気の勝負」というよりは「練習の延長」のような空気を感じた。大会を盛り上げるために、中立な立場から何か意見はないかという問いかけだった。

 陸上には「日本グランプリシリーズ」といってトップレベルのアスリートが出場する13の大会がある。4月に熊本である「金栗記念選抜中長距離大会」、5月に延岡市である「ゴールデンゲームズINのべおか」など、大都市だけでなく地方都市でも開催されている。五輪を目指すような選手たちが本気の勝負を繰り広げるグレードの高い大会だ。こういった大会を鹿児島にも招致すれば、県内外を問わず、場合によっては国外からもトップクラスの選手が出場する可能性も広がる。

 思いつくのは簡単だが、実現するのは相当に高いハードルだ。国際基準の設備を備えたハード面の整備が不可欠で、受け入れるための体制づくりも必要だ。トップクラスの選手が参加するようになるためにはそれなりの実績や伝統も作らなければならない。可能性はゼロではないし、本気で鹿児島の陸上を大きく盛り上げていくなら実現の可能性を模索し続ける価値はあるだろう。ただし一朝一夕でできあがるものではない。

 今、現実的にどんなことができるか考えてみた。ふとプログラムを見ていて、一般男子円盤投の県記録保持者・市来優馬の所属が「福笑門」となっていたのが気になった。同じ種目に出ていた中崎真之介、女子同の川越奈々美の3人が同じ所属になっていた。

 「福笑門」は市来が知人と2人で3年ほど前に始めたデイサービス施設の名称。これまで「鹿児島陸協」所属の個人で出場していたが「チームとして出た方がお互い刺激になっていろんな人から応援してもらえる」(市来)と今季から6人の選手が「福笑門」所属で出場することになった。

 「鹿児島の投てきを少しでも盛り上げたい」と市来。職場も練習環境も別々だが、県内で社会人として投てきを続ける選手たちがまとまる場になればという想いがある。大学を卒業したばかりの中崎、川越もかつて市来の指導を受けたことがあり、「声を掛けてもらった」ことが競技を続けるきっかけになった。

 市来が51㍍97の県記録を出したのは福岡から鹿児島にやってきた2年目の03年。15年間、記録を伸ばせてはいないが、毎年大会には出続けている。41歳の今大会は1投目で出した43㍍50がベスト記録で「もう1本ぐらいしかまともに投げられません」と苦笑する。3年前から始めた「本業」の福笑門もようやく軌道に乗り始めた今は、週2回程度練習し、大学生や高校生の指導もしている。

 「投てきはパワー系の種目と思われがちですが、本当は技術系の種目なんです」。投てきを専門にする選手が一様に語るのはその「奥深さ」だ。年齢を重ねるごとにパワーは落ちてくるが、それを補って余りある深遠な技術の世界が選手たちを虜にする。今は「健康づくり」の感覚で自身の競技は続けている市来だが、自分を越える選手が現れるまでは現役で出続けようと考えている。

 ユニホームの背中の下に「この一本に魂込めて」と書かれていた。「一投」とせず「一本」にしたのは、「いずれは跳躍も含めた全部のフィールド種目選手を受け入れたい」という夢があるからだ。

 社会人になって競技を続けるというのはいろいろ難しいものがある。仕事や家庭との両立を考えながら、それなりのレベルで競技を続けたいと思う選手たちの思いが叶う環境はなかなかないのが実情である。

 そんな中でも自分たちのできる範囲で何かしていきたいという選手たちがいる。競技の中の勝った、負けただけでなく、様々な視点から競技に取り組む人たちの素顔を紹介し競技の魅力や面白さを伝えていく。これがメディアにできる一番の貢献だと思った。
                                    (政純一郎)