問われる規制づくり㊦

ウケユリの自生地を案内する「みのり会」会長の益岡さん

世界自然遺産第3部  保全意識へ
ウケユリ守る〝みのり会〟

瀬戸内町加計呂麻島のさらに南に位置する請島。人口は約80人。奄美大島側から訪れる場合、古仁屋港から定期船で日帰りが出来るのは日曜日のみとなっている。同島2集落のうち、池地集落に位置するのがウケユリなどの希少種が多く生息する奄美群島国立公園第2種特別地域「大山」だ。

午前9時半ごろ池地港に着くと、希少種の保全とともに大山の観光案内を行う「みのり会」の会長・益岡一富さんが出迎えてくれた。大山への立ち入りは町の規則により、同会会員の同行が義務付けられている。

益岡さんの自動車に乗り込み、入山規制地域に入ると、舗装はされているものの、倒木などもある悪路を走る。しばらく走ると、大島海峡以南の海を見渡せる奄美大島にはない絶景が広がる。「天気が良ければ徳之島も見える」と益岡さんは教えてくれた。

益岡さんが案内してくれたのはウケユリの自生地。開花には早い時期だったが、益岡さんが指す先々には点々と3㌢程度のつぼみを付けたウケユリがちらほらと見える。「あそこにも、あれもそう」と開花前のウケユリのつぼみの場所を的確に教えてくれる。同地域内のミヨチョン岳に関しても「昔はノロが儀式をする場所で、ミヨチョンの上から山を下り、シマに降りた」などと言い伝えも解説してくれた。

 ◇「島の宝は自分たちで守ろう」

瀬戸内町は2006年に制定した「指定地域入山申請に関する規則」の中で、大山への入山に指定地域保護管理人であるみのり会会員の同行を義務づけた。大山への入山希望者は同町教育委員会に連絡の上、申請書の事前提出が必要となる。

みのり会は地元・池地集落の住民により1970年代に設立された組織だ。もとは集落の美化作業や葬儀の準備をする、青壮年団と老人会の中間の年齢の人により結成された組織だった。みのり会が活動の一環としてウケユリの保護をはじめたのは「島の宝を自分たちで守ろう」という思いからだ。町の規則制定後はウケユリの観察や、島内が一望できるミヨチョン岳登山に訪れる人々の案内も行う。

益岡さんは17年4月に東京から故郷・請島に帰ってきた。人手不足を理由に勧誘された同会で、会長に選ばれた。「専門ではないが、島のことぐらいは覚えていて損はない。ミヨチョン岳から見下ろすと説明するのに丁度良く、一つひとつ調べないとすらすらと言えない」と益岡さん。集落のお年寄りらから聞き取りを行い、図書館で勉強した内容を逐一ノートに書きため、知識を増やすそうだ。

一方で、みのり会の会員は専業ガイドでも、ガイド協所属でもないため、会員間の温度差もある。 〝質〟問題はここにも存在し、研修や知識の共有が不十分な部分がある。会員の1人は「連れて行っているだけの状態」とも語る。実際、ウケユリの案内は9人の会員全員ができるが、ミヨチョン岳の案内はそのうち4人しかできない。同行が義務化され、なおかつ同行者を選べない状態にある大山で、均質化が行われていないのは観光客に不利益となる。益岡さんは「情報の共有に関しては早めに行わなければならない。今後研修などを検討したい」と話す。

賃金やガイド内容に関する苦情などはほとんどないという。益岡さんは「納得した人が申請してくれるからだろう」と理解する。同町は周知のため役場、図書館、島内の宿泊施設や「せとうち海の駅」など幅広い場所に申請書を設置しているものの、規則を知らずに申請なしで入山しようとする来島者からの苦情の方が多い。みのり会や池地集落が主体となったホームページ上での周知を検討するが、予算の都合がつかないために断念している状態という。

益岡さんは「クロウサギなどもそうだが、島の人間自身が希少種の生態などを理解していないのが現状。島民の意識を変えるためにはガイド同行の義務化は必要。より多くの住民がガイド業務や保全活動に参画することで意識が高まり、質の高い自然体験の提供ができる良い関係が築ける」と語った。

   ◇  ◇   
世界自然遺産登録は延期となったが、白紙に戻ったわけではない。また、奄美への入込客が年々増加していることは疑いようのない事実としてそこにある。多くの観光客が訪れ、島の自然に親しみ、その価値に触れることは歓迎すべきことだ。しかし、価値を知らぬまま、路傍の雑草のごとく希少種を踏みにじるような状態となれば、本末転倒といえる。IUCNから「待った」がかかったのは不幸中の幸いとも言える。

奄美大島内のアマミノクロウサギ輪禍件数は17年で25件。人の手によって希少種の命が失われつつあることは目の背けようのない事実だ。また、ガイド同行の義務付けを行った大山でも希少種の盗採が続くが、予防の一段階として条例によるバックアップがあるルール作りは強く求められる。個々のマナーに責任を転嫁せず、各関係団体が足並みを揃え、規制を作り、管理体制を整えることはIUCNが教えてくれた道しるべだ。

勧告内容に対して、推薦地域の問題に議論を終始する小手先の対応ではなく、登録後に訪れるリスクも見据え、観光と保全のあり方を根本から考え直す必要を訴えたい。(西田元気)