「登録」勧告 上

自然を守ることが持続的な利益に
筑波大大学院・吉田正人教授インタビュー

 ユネスコ(国連教育科学文化機関)の諮問機関であるⅠUCN(国際自然保護連合)は10日、今年夏の世界自然遺産登録を目指す「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島」について評価結果を「登録」と勧告した。30年以上にわたって世界遺産に関わってきた筑波大大学院(世界遺産専攻)の吉田正人教授に今の思いを聞いた。3回に分けてお届けする。(藤浦芳江)

■候補になって30年
 1990年、私は日本自然保護協会の研究員で、まだ日本は世界遺産条約の加盟国ではなかった。その頃の日本は白神山地がブナ林の伐採や林道計画をストップし、知床も国有林伐採をストップする等、だんだん世の中の動きが自然を破壊するのではなく、大事な自然を残すという方向に舵を切っていった時期。残したものをどうするか。できれば国際的な注目が集まる保護区にして、二度と開発が起こらないようにしたい。日本は世界遺産条約を批准していない。加盟して、その第1号に白神山地を。という話の中から世界遺産条約を日本政府に働きかけて加盟国になる運動をし、白神山地と南西諸島を登録しよう、ということになった。この段階で南西諸島の自然は将来にわたって守るべきものだと強い信念を持っていた。

 2003年がもう一つのポイントだった。環境省と林野庁が国内の自然遺産候補地の検討会を開き、私も委員に。その委員会の中で知床と小笠原諸島、そして奄美・琉球諸島の三つを候補地に選んだ。知床は05年、小笠原諸島は11年に登録。それから10年。奄美・沖縄がやっと登録されてとても感慨深い。
 
■開発と自然保護
 科学的・客観的に見て、奄美・琉球諸島の生物多様性というものは、世界でも唯一・独自のものであり、固有種も多く、ここはなんとかして守りたいと思っていた。ちょうど南西諸島を世界遺産に入れようと言っていた頃は林道などもどんどん作られ、奄美大島はアマミノクロウサギの生息地にゴルフ場をつくろうという話がある時代。まだまだ開発圧力は強かったが、こういう大事なものを未来に残していくことが、自分たちにとっても大事なことなのだ、と地域の方も理解されるのに時間がかかったということだと思う。

 90年代はまだまだ自然保護というと開発の妨げになるという考えが強く感じられたが、03年の検討会以降、徐々に変わってきた感じがする。特に、小笠原諸島が登録された後は、皆さん熱心に外来種問題に取り組み、世界遺産を現実問題として捉え、自然保護をしていこう、という意識を非常に強く感じた。

■登録延期から登録へ
 18年に登録延期となって、再推薦してようやく登録という、このプロセスはむしろよかったと思う。当初奄美大島は9か所、やんばるは11か所に分かれ、分断された推薦地だった。絶滅危惧種というのは生息地が分断されると絶滅の恐れは高まる。だからとにかく生息地を一つのまとまったかたまりとして残すことが大事で、こんなバラバラだったら通らないですよ、と環境省に私は言っていた。案の定、ⅠUCNからは「分断されている」と言われた。そこがいちばんのポイントだったと思う。

 登録延期となったときに、環境省にどうしたらいいかと問われて話し合いをしたとき、「分断されている保護地域を一つにすべき」と述べた。徳之島はどうしても二つに分かれているが、奄美もやんばるも一つになってよかったと思う。

 さらに大きなことは、やんばるは沖縄島自体が広いから全部というわけにはいかないが、奄美大島・徳之島・西表島に関しては、島全体を環境省の名前では「周辺管理地域」という名前で、管理計画の対象にしたこと。普通は人が住んでいるところは除く。それはなかなか人の行動を管理するのは難しいから。でも今回はあえて島全体を周辺管理地域として世界遺産の管理の対象にするとした。これはすごく大きなこと。実は小笠原諸島のときにそれを試しているのだが、小笠原は人口が父島母島合わせて約2500人。それに比べたら奄美・沖縄でこれができたというのはすごい。そこまで広げるということは、観光客の入込数だとか、たとえばこれから重要になってくるアマミノクロウサギの交通事故防止なども含めて観光の車両等をどう管理するか。これらも含めて世界遺産管理なのだ、ということ。それを今回やったというのは、あまり知られていないが、実はすごく大きなことで、IUCNはこれを高く評価している。他国は基本的に、世界遺産に指定された地域とその周辺に、たとえば100㍍とか緩衝地帯をつけて、そこまで。その周りまで管理できている国はそんなに多くはない。日本はそれをやろうとしているわけで、絶対プラスに評価してもらえたと思う。

 これは規制の手法だけで管理しようと思ったら難しい。誰でも自分の生活や産業を制限されるのは嫌なので。ただ、やはり奄美・沖縄の場合は、「自然を生かした観光」は産業の中でも非常に重要な位置を占めているから、「自然を守っていくことが将来的に持続的な利益になる」ということは、理解してもらえると思う。管理というのは単に規制ということじゃなくて、そこに住んでいる人たちの生活も将来にわたって持続的に豊かにしていくことなのだ、ということだと思う。そういうことを含めた管理という考え方でいけば、理解してもらえるのではないかと思う。

◆メモ
 (よしだ・まさひと)1956年生まれ。千葉県香取市出身。79年千葉大学理学部生物学科卒。20年以上にわたり日本自然保護協会に勤務し、主に環境教育、全国各地の自然保護問題の解決、世界遺産条約などの国際条約の推進に携わる。現筑波大学大学院(世界遺産専攻)教授。国際自然保護連合(IUCN)世界保護地域委員会委員。日本自然保護協会専務理事。