「登録」勧告 中

多くの固有種を育む奄美大島の照葉樹林の森

住民が世界遺産の「守り手」に
筑波大大学院・吉田正人教授インタビュー

■住民こそ価値を知る

世界遺産条約ができて来年50周年になる。40周年のテーマの一つが「ベネフィット ビヨンド ボーダー(境界を越えた利益)」。世界遺産というものを、線を引いてその中に人を入れず、自然を閉じ込めて守るというボーダーではなく、「世界遺産を守ることによる利益」。きれいな水が流れていることもそう。そういう利益を境界線の外側の住民も受けられる。そして、「世界遺産を見たい」という人たちが来れば、ガイド等のかたちで利益にもつながる。だからこそ、住民が世界遺産の「守り手」になることが望ましい、という考え方が「ベネフィット ビヨンド ボーダー」で、私はまさにこれからの考え方だなと思った。日本が世界遺産条約に加盟した当時は、この考え方は一切なかった。環境省や林野庁も、白神山地や屋久島も、特に白神山地だが、(核心地域の)内側には人を入れずに守る、と。それで今まで白神山地を守るためにがんばってきた人々が「私たちが守ってきたのに、なぜ排除されなきゃならないのか」と入山規制問題が起きてしまったのだが、それは保護の考え方としては古い。住民を入れて、住民こそその価値を理解し、利益を得る、そういう守り方が大事。住民が「世界遺産の守り手」なのだという保護の仕方がこれから奄美・沖縄では大事だと思う。

なぜならば、今までの四か所に比べると、ずっと人里と近い世界自然遺産だから。世界でもそういう自然遺産は少ない。すごく離れたところで国が管理するものが多い。でも今は住民も管理に参加することが増え、ⅠUCNも推奨している。世界遺産の概念が変わってきている。

世界遺産の観察会や展示を、遠くから来た人や外国人向け、と考えがちだが、実は最もやるべきなのは「地元の人たち」に対してなんです。住民が奄美・沖縄の自然の素晴らしさを知る機会をもっともっと作っていくことが実は、保護という面では非常に大事。

小笠原諸島では、それまではクジラやイルカを見せて観光客を喜ばせるだけだった船のガイドが、たとえば地質も大事と言われて勉強し、地質は小笠原の場合は世界遺産の登録基準にはなっていないが、岩の説明もするようになった。自分たちの島の価値がどこにあるのかをすごく勉強して、そういう説明をしているのだな、世界遺産になったことが自分の住んでいるところの価値を見直すのに役立ったのだな、と感じた。環境省を始め、関係機関が展示や説明をしたことが地元の人に伝わっている。それが大事なことだと思う。

■ⅠUCNからの宿題

ⅠUCNから四つの要請があった。特に西表島に関するものが一つ、希少種の交通事故は他島でも問題になっているが、緩衝地帯の森林伐採や河川の再生は奄美大島に関するもの。IUCNの勧告には具体的には書いていないが、役勝川、嘉徳川など比較的自然が残っている、リュウキュウアユなどもいる川をIUCNの調査員が見て、「世界遺産というのは、本当は森から川を通って海までつながっていなくてはいけない。森はアマミノクロウサギを始めとした固有種の生息地でもあるので世界遺産になるけれど、そこから流れてくる川はコンクリート護岸になっているところが多く、まずいのでは。連続性を保つようにしてほしい」と。調査員が水生生物に詳しくて、ああいう注文が付いた。私は四つの島のうち、いちばん難しい問題を抱えていたやんばるに注文がたくさん付くかと思っていたので、びっくりした。工事は県だったりするので、奄美大島というよりは、県や国に対して宿題付きで登録されることになるのだろうと思う。

2018年のときは、生物多様性だけでなく生態系という基準でも推薦したが、生態系全体のつながりを世界遺産にするには難しいと判断されてしまった。だから生態系はどうでもいい、ということではなく、その事実を重く受け止めて、森~川~海のつながりをこれから再生していくにはどうしたらいいかを考えるべき。そうすればもっと豊かになる。

野生生物のロードキルについては、結局ゆっくり走れば事故は起こらないはず。林道と国道等では違うと思うが、西表島は舗装道路になったためスピードが出やすく、イリオモテヤマネコがひかれたりする。アマミノクロウサギの場合は夜行性だからちょっと違うかもしれないが、生息地に入っていく車が全体的に増えていくので、それをどうコントロールしていくか。やんばるは交通事故が起こりやすい場所をカーナビで表示しようとする動きがあると聞いた。あるいは道路にスピードを落とす工夫をするなど、いろんな方法があると思う。金作原のようにここから先はガイド車だけ、とできるところはそうしたほうがいいが、できないところもある。保護が成功すればするほど野生動物が出てくることになるので、ここはいちばんの課題。