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生活と心の動き如実に

生活と心の動き如実に

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展示パネルは日記を活字で起こし、代表的なエピソードを紹介。自筆の日記(コピー)も閲覧することができる

奄美図書館で島尾企画展

分館長前後の日記で

 県立奄美図書館(新宮領道郎館長)は26日、同館島尾敏雄記念室で企画展「分館長就任前後の心の軌跡―昭和31年7月から35年1月までの島尾敏雄日記(コピー)から―」を始めた。同展は、1955(昭和30)年に奄美大島に移住した作家島尾敏雄の、同館の前身、県立図書館奄美分館の分館長就任(1958年)前後5年に焦点を当てた。名瀬聖心教会でカトリックの洗礼を受けてから、代表作『死の棘』を書き始めたころにあたる。『死の棘』執筆直前の、島尾の生活と心の動きを如実に伝える企画となっている。

 「十二月二十三日(日)午後雨模様(中略)今日の洗礼者五十有余名、名瀬教会はじめてのことという」。展示パネルは島尾の洗礼(1956年)から始まる。「洗礼の秘蹟のあと、ルカ神父に、ミホと祭壇の前にひざまずき婚姻の秘蹟を受ける。受洗者の記念撮影(霊名、ぼくはペトロ、伸三はマルコ、マヤはマリア)あと図書館で授洗者はお茶をのみ、自己紹介などする」。洗礼だけでなく、既婚ではあったが、あらためてカトリック者として妻ミホとの婚姻に神の祝福を受けた様子を島尾は記す。晴れてカトリック者となった島尾の高揚、妻への慈しみ、家族への愛情がにじむ。

 妻への慈しみ深いまなざしは、1957(昭和32)年4月9日の日記にもうかがわれる。その日、島尾はバイオリニスト久保陽子さんの、名瀬中での演奏会であいさつをした。「ミホ大へん元気よく、いきいきしている(ぼくの話が、とてもよかったという、今までのぼくの話で一番よかったと言って、よろこびいきいきしている)」。妻の喜びを自らの喜びとしている島尾がいる。

 しかし私生活の安定と充実の一方、公生活は多忙を極めた。分館長の公務と大島実業高校(現奄美高校)での授業を終え、帰宅後に作家として原稿に向かう日々。思うように筆が進まない時期も。1959(昭和34)年4月5日の日記。「十時就床、あとで眠れず、今度の小説のテーマを考えた、すべて平板になり切りとってテーマを展開して行く部分と感じられる現実を、つかむことができない(中略)自分と神との関係がぼくのテーマでなければならない」。『死の棘』へと昇華するまでの苦悶を見る。ここに、まさしく作家島尾敏雄がいる。

 新宮領館長は「この5年間を経て、『死の棘』や『出発は遂に訪れず』など、島尾の代表作が生まれた。島尾文学の重要な時期」と語る。また同展を担当した石本晃治指導主事は「日常が事細かに記録されている日記。夫として、父として、作家としての島尾に触れてほしい」と呼びかける。

 同展は9月23日まで(月曜日休館。月曜日が祝祭日の場合、翌火曜日休館)。

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