「日本復帰記念の日」講演会

「日本復帰記念の日」講演会

「教育の日本復帰」と題して講演した泉一郎さん


自身の密航経験を講演した奥山恒満さん

「忘れてはならない出来事」
奄美図書館

 県立奄美図書館(有村真由美館長)は24日、奄美市名瀬の同館研修室で2018年度奄美群島「日本復帰記念の日」講演会を開いた。一般など約100人が参加し、講師から戦後の米軍統治下の様子や、密航、復帰運動などについて学んだ。「日本復帰の歌」に合わせた踊りも披露された。

 講師を元名瀬小学校長の泉一郎さん(86)と、奄美(民謡)歌掛け文化保存会会長で元県議会議員の奥山恒満さん(89)が担当。講演会に先立ち有村館長が、講師紹介とあいさつを行った。

 泉さんは「教育の日本復帰」と題して、自身の教員生活などを講演。泉さんは1932年生まれで、19歳の時に笠利小学校で教職員として働き始めたという。

 奄美群島の日本復帰について、「奄美の歴史では忘れてはならない出来事」と強調。46年2月2日に行政分離され米軍統治下に入った頃の状況を、▽食糧難、物資不足▽進学・就職の困難▽学力低下―と説明した。

 泉さんは米軍統治下について、「軍政府は教育に手を差し伸べてはくれなかった。本土の状況を聞き、奄美の教育関係者は不安をおぼえていた」と述懐。奄美でも新教育制度が始まるということで、命懸けの密航で教科書や指導書などの資料が入手され、それらをガリ刷り、謄写刷りなどで配布して準備した苦労などが語られた。

 講演の最後を、「奄美の日本復帰については、教職員たちの努力が大きかったと自負している」と締めくくった。

 奥山さんは、「密航 その後の私のいきざま」の演題で講演。八月踊りの歌を指導する「奄美8・6会」メンバーが「日本復帰の歌」に合わせ踊りを披露。奥山さんは、米軍統治下に本土の学校進学を志して49年に、宮崎県方面を目指して名瀬の大熊港から密輸船に乗り込んだという。

 船は宮崎県には到着せず、種子島で下船し定期船経由で鹿児島に行くことに。奥山さんから無一文になり自殺を図ったり、密航がばれて拘置されたり、ヤミ米の商いで生計を立てるなどの苦労が語られた。

 その後、帰省して旧名瀬市議になり、県議会議員に選出され「奄美の金ハブ」と呼ばれた事績など紹介。奥山さんは「自分の何者にも動じない、おじけづかない生き様は、密航経験の賜物だろう」と語った。