有機農家(くすだファーム代表)・楠田さん
収穫されたばかりの色鮮やかな楠田さん栽培の有機野菜
1999年に改正されたJAS法(日本農林規格等に関する法律)に基づき、有機(オーガニック)農産物と有機農産物加工食品のJAS規格が定められた。そこで示されたルール(堆肥などで土づくり、農薬や化学肥料を使用しない、土壌を用いた農業生産など)を守って生産され、有機JASマークが付いた食品だけが、「有機」や「オーガニック」と表示できるようになった。これが有機JAS制度だ。
2000年の制度創設当初、奄美大島で唯一の有機JAS認定を受けていたのが、奄美市笠利町土浜の楠田哲さん(51)=くすだファーム代表=。「制度創設と同時に認定を取得したが、昨年、取得を継続しない判断をした。少量多品種の野菜づくりに取り組んでいる中、それぞれの品種の検査を受けるための何百枚という書類作成など準備作業が大変なため」。
認定更新を打ち切ったことで、今年に入り楠田さんが生産する野菜には「有機JASマーク」の認証表示ができなくなった。それでも長年の有機野菜栽培の実績により「楠田さんが作る野菜なら安心。これまで通り購入させてほしい」という信頼に揺らぎはない。
◆ ◆
当初はトマトがメインだった有機野菜。現在は年100種類以上に増え、春夏秋冬の季節に沿った旬の野菜を栽培し収穫している。温暖化により年々猛烈な勢力で接近してくる台風被害を避けるため、ハウス(施設栽培)よりも露地で。「緑肥や近くの畜産農家から調達してくる堆肥を投入し、その土に合う作物を植えて育てている。奄美大島の土壌は粘土質だが、重いもの軽いものといった土の質の違いがある。軽い土ならジャガイモというように」。土と作物の〝相性〟を優先することで、作物の成長を促す自然のエネルギーが導き出されるのだろう。
自然状態を生かすことは畑の管理にも表れている。草を無理に刈り取らないのは理由がある。草が一本も生えていないような畑だと、作物に虫が集まってしまう。周辺に草(決して雑草ではない)があることで虫の害が分散される。また、害虫を食べる天敵(益虫)も利用している。トマトで収量を比較すると、楠田さんの畑は50㌃に植え付けて20㌧。通常の半分程度だが、作物に負担を掛けるような極端な栽培方法を避けることで、野菜本来の味を引き出している。
楠田さんが育てている野菜は、JAや市場に出荷することなく、すべて買い手との契約だ。販路は島外が主体だったが、ミカンコミバエの侵入・発生で島外出荷禁止という移動規制が転機となった。現在の販路は地元主体。「環境問題や食の安心に関心がある若い人たちが島内にも増え、オーガニックに加え地元でとれた新鮮な野菜を購入したいという注文が増え安定した需要がある」。例えばソラマメの場合、中のワタもおいしく食べられるといった意外な食べ方の提案も支持されている。
◆ ◆
多品種の旬の野菜をまとめ(野菜ボックス)個人のほか、ホテルやレストランなどに販売。輸送費がかからない地元で安定していた販路も2月後半から暗転する。新型コロナウイルス感染拡大の影響だ。島外からの移動自粛要請、休業要請により大口取引先である法人からの注文がストップ。「4月に入ってから急激に減少し、野菜ボックスの注文が8割も落ち込んだこともあった」。
それでも食の安全への信頼は根強い。「3月あたりから新規に東京からの個人注文(15件ほど)が寄せられるようになった」。SNSなどによる人づてで、「楠田さんの野菜」ファンは広がる。
有機農家として楠田さんの野菜づくりの実績は種苗会社からも一目置かれている。大手から「品種登録にあたり楠田さんに作ってもらいたい」という依頼があり、実証を引き受けている。開発された種苗を楠田さんが取り組むことで、栽培方法や収量などのモデルが誕生する。
「世の中は自粛続きだけど、農家は休んでいられない。作物の管理、収穫、箱詰め、配達と毎日仕事がある。(コロナ禍という)苦難、野菜農家はこれまでも苦難の連続。台風被害、病害虫被害、そして国内だけでなく世界中からも届く作物との競争による価格の低迷。苦難には慣れているかもしれない。悩むよりも2~3カ月後の成長をイメージし種をまきたい。気持ちが前向きになるでしょう」。種をまく。希望への一歩だ。