コロナ禍・奄美のために出来ること=⑭=

コロナ禍の今こそ強調したいトレーニングの大切さ
奄美での「シルバー元気塾」の再開を熱望

 奄美への思いと、登場人物を紹介しながら次の人にバトンをつなぐ「奄美のためにできること。新型コロナウイルスと私は戦う!」の第14回。自身のけがを機にトレーニングの世界を極めることになった、宮畑豊さんの後編をおくる。   (東京支局・高田賢一)

 上京後、言葉の問題を乗り越え奮闘。ホームシックには無縁。

 「奄美から大阪に出て関西弁を覚えてから、上京。大阪では何とかやっておりましたが、いざ東京で建設業に就いたら関西弁は毛嫌いされましてね。職人は関東の人ばかりでしたから…。そこで標準語を覚えたのです。その頃は、みんな島を出たら一生帰れないような意識を持っていた。だから、私も10年くらいは帰らなかった。仕事に一生懸命で、ホームシックどころではなかったですね。新宿の高層ビルや池袋では、サンシャイン60で内装工事の現場監督。特に超高層ビルの竣工式直前は、約1カ月以上睡眠もろくに取れない状況でした。そこで体調の事を考え、職業を変えて、自分の健康管理にもトレーニングできる環境を作りたい、と強く思うようになったのです。せっかくならジムをと一念発起したのが、35歳の時。ジムの名前『トレーニングセンターサンプレイ』は、奄美の太陽の下でというイメージで、口は月で耳には星のイヤリング。ロゴマークは私が考えたのですよ。センスいいでしょ(笑い)」

 コロナ禍の今こそ、大事な運動。20年以上続く中高年への教室。

 「コロナの時こそ、運動不足解消の手助けと考え、2時間だけ時間短縮しましたが、今は元に戻しました。慶応義塾、早実、東京学館船橋などの高校球児らにはリモートでのトレーニング指導に切り替えました。三郷市(埼玉県)で98年からやっている『シルバー元気塾』には、60歳から100歳の指導者や生徒が2500人所属しております。また、柔道の90㌔級金メダリストのベイカー・茉秋選手、100㌔級で輝かしい成績のウルフ・アロン選手ら、大相撲では元安美錦関、この夏で奇跡の復活をした照ノ富士関も高校時代から通っていますよ」

 世界自然遺産登録に期待。奄美のPRにも一役。

 「『親父の拳骨』という黒糖焼酎を販売。ジムでアルコールを置いているのは、おそらくここだけでしょう(笑い)。また、『加那』『すとぐれ人生』というCDにも関わりました。奄美の宣伝になれればと思ったからです。世界自然遺産登録には大賛成です。奄美の良さを、世界に知ってもらえる大きなチャンスですから。コロナが終息しましたら、5月に中止になった『シルバー元気塾』をまずは再開したいですね。奄美市で300人、瀬戸内町では100人ぐらいの規模になるでしょう。60歳を超え2カ月間運動もせず、閉じこもっていると歩けなくなってしまいますからね」

 「また、あの大自然の下で、皆さんと一緒に体を動かしたい」と語る宮畑さん。次回は、東京学館船橋野球部監督の黒川敏行さんが登場する。