ALS発症者の災害時の自宅での安全確保へ各専門職が参加して開かれた講習会(提供写真)
鹿児島酸素㈱が医療用で取り扱っている人工呼吸器と停電時に役立つポータブル電源
国指定難病の一つにALS(筋萎縮性側索硬化症)がある。筋肉そのものの病気ではなく、筋肉を動かし、運動をつかさどる神経(運動ニューロン)が主に障がいを受ける。厚生労働省によると、1年間で新たにこの病気にかかる人は人口10万人あたり平均2・2人だ。全国では、2020年度の特定医療費(指定難病)医療受給者証所持者数によると1万514人がALSを発症しており、鹿児島県内の数は130人(今年3月末現在、県まとめ)に及ぶ。奄美にも発症し在宅で暮らす人々がいるが、人工呼吸器を装着している中で台風など災害時に安全をどう確保するかが課題だ。停電が発生した場合、生命を左右するリスクを伴う。
奄美市名瀬にある、めぐみの園在宅介護支援センター(盛谷一郎センター長)。ケアマネジャー(介護支援専門員)が介護サービスの給付計画(ケアプラン)を作成し必要な支援の実現を図っているが、高齢者だけでなく重度障がい者も対象にしており、ALS発症者もその一人。ベッドに横たわり人工呼吸器を装着した80歳代の女性で、夫との二人暮らし。「直撃コースとなった今回の台風13号の接近時も調整したが、自家発電機があり医療環境が整っている医療機関への避難入院を勧めている。積極的に受け入れている医療機関があり、とてもありがたい。しかし医療機関の受け入れは制限があるほか、この方(女性)のように避難よりも、自宅待機を望む場合がある。本人の意思を尊重しなければならない」と盛谷さん。
台風がもたらす被害に強風や暴風で電線が切れたり、電柱が倒れることで発生する停電がある。台風10号の接近、通過で農作物や家屋などに大きな被害が出た喜界島では停電が5日間(8月27日から続き、31日夕方に全戸復旧)も続いた。ALS発症者が在宅で暮らす上で欠かせない人工呼吸器、酸素濃縮器といった器具は停電になると、一時的にバッテリーで運転される場合があるものの数時間しかもたない。そこで安定した電源確保へ「ポータブル電源」(蓄電池)の活用を検討しようと、扱う事業所の担当者を講師にしての講習会が開かれた。
「災害時に重度障がい者や家族の方々、支援する関係機関などが慌てることがないよう事前に操作方法などの手順を学び情報共有を行い、最大限の安全を確保する」(めぐみの園在宅介護支援センター相談支援専門員・前田美穂さん)ためだ。行政、機能回復訓練や訪問看護を行う医療機関の担当者、電動ベッドやエアーマット管理を担当する福祉用具の専門相談員、日中や夜間の訪問介護を行っているヘルパーなどが参加した。
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ガソリンなど燃料を燃やしてモーターを回転させることで電力を発電する発電機に対し、ポータブル電源は電力を充電して使う製品だ。排気ガスを排出するため発電機は屋内で使えないが、ポータブル電源は蓄電があらかじめ必要だが、駆動音も静かで、屋内で使用可能。このポータブル電源を取り扱っていることから講習会で使用方法などを説明したのが鹿児島酸素㈱の大島営業所(竹本貴志所長)。
講師を務めた副所長の若師竜之介さんによると、同社の人工呼吸器などを自宅で使用しているのは同営業所管内でALS2人、同様に神経系難病のMSA(多系統萎縮症)1人の計3人。防災士の資格を持つ竹本所長は「われわれの患者さんについては停電時の備えとしてポータブル電源を無償で提供している」と話す。
20万円前後の値段がする20アンペアから、数万円で購入できる5アンペアまで複数の種類があるポータブル電源。最大で72時間(3日間)対応できるという。災害時、非常時に電気・酸素ステーションとしての事務所開放も目指す同社。竹本所長は「自治体の避難所開設にあたっては発電機が配置されているが、ポータブル電源の活用を提案していきたい。特に福祉避難所など医療面での対応では安全確保につながる」と説明する。今年5月には奄美市で県総合防災訓練が行われたが、人工呼吸器の装着が必要な患者対応では複数のポータブル電源が設置された。
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災害時の自宅待機者対応で今回の講習会に参加した名瀬保健所。昨年12月には医療的ケアが必要な人々の家族や支援者を対象に専門家を講師に招いての医療相談会を開催したほか、個別的な支援も関係機関と共に行っている。災害時の避難入院(かかりつけ病院)、避難せずに自宅で待機含めて普及を図っているのが災害時難病患者支援のための「あんしん手帳」だ。下原貴子・健康企画課長、野田友希・技術主査(保健師)は「手帳を携帯し持ち歩く、あるいは自宅の目に付きやすい場所に置くことで必要な医療情報などの見える化につながる。支援者が状況を把握できる」と指摘する。
水にぬれても支障がない手帳には「人工呼吸器を装着している方」というページもある。記入することで種類や機種、内部・外部バッテリーの有無や持続時間、呼吸回数や時間、酸素濃度などの把握が可能だ。災害時に関しては「災害が起きた場合、まず人工呼吸器の作動を確認しましょう」と呼び掛けており、電源喪失に備えることで、落ち着いて行動できるとしている。在宅で過ごす場合は予備電源の準備として蓄電池、つまりポータブル電源の記述もある。
支援が必要な人にどのように関わり、必要な支援によってどう安全を確保するか。災害時の安心は、ALS発症者など医療的ケアが必要な人々こそ重要性が増す。