2024夏 思い出 3題 2題目 全日本学童軟式野球大会

開会式が行われた明治神宮球場で行進する選手たち=8月15日、神宮球場


夕焼けに包まれた町田市の小野路球場=8月18日

沖縄・初のナイターに泣いた「東風平星」の奮闘

 8月15日から21日(予備日22日)までの1週間「第44回高円宮賜杯全日本学童軟式野球大会マクドナルド・トーナメント」が行われた。開会式は15日午後5時から明治神宮野球場で。熊本に住む友人から「沖縄に住む娘夫婦の6年生の孫が出場するので、夫婦で上京して応援に行きます。16日は空いているので、久しぶりに会えませんか」と連絡がきた。

 ヤクルトの本拠地ではあるが、同球場はいまや「小学生の甲子園」と呼ばれている同大会のメッカとのこと。つば九郎には残念ながら会えないが、渋谷区在住で子どもが小学校在学中は親子ナイターがあり、安価でヤクルト戦を何度も観戦に出かけたなじみ深い球場。同大会は全国47都道府県約1万チームの厳しい予選を勝ち抜いた51チームが出場するという。夕方午後5時前から始まった開会式。同大会を観戦するのは、初めてのこと。奄美でどこの小学校がやっているかもわかっていない始末だが、同球場正門前に「鹿児島」のプラカードが見えて出場5回目の国分小軟式野球スポーツ少年団の末松正純監督に声をかけた。「この中に奄美の児童はいますか?」「いや、いないですね」との返事。小学1年から6年生までの23人が部員の国分・宮隈・宮内・上小川・国分南・国分西の6校の学童が式前にリラックスしていた。末松監督は「今日は開会式だけで、明日16日の試合は台風で中止。17日に順延になりました」と親切に教えてくれた。

 観客席には全国から保護者が訪れているらしく、バックネット裏は大勢の人であふれかえっていた。みんな、同大会のそろいのユニフォームを着て開会式の始まりを待っていた。開式通告に始まり、選手入場。次々と学童が入場。沖縄県「東風平星」のチーム名は甲子園同様、南から呼ばれ、背番号「8」の孫の姿を見つけた友人夫婦は、関東周辺に住む孫の祖父母や娘夫婦たちと大きな拍手を送っていた。同チームは沖縄県代表として4回の出場を誇る當銘直之監督率いる東風平小4・5・6年生18人のチーム。中には女子学童もいる。学童野球の変遷ぶりを目の当たりにした。元気よく手を振って行進する学童たち51チームは整然とホームベースの左右に並んだ。スピーカーでは、都内のチームが紹介され、最後のトリを務めていた。

 東風平星は全員が東風平小の学童。場所は、那覇の南側に位置し、西に豊見城、南に糸満という沖縄島の南側にある。同大会の参加チーム紹介には、大会出場にあたっての目標は「元気・全力でグラウンドを駆け巡り、初戦突破し一戦必勝で上位進出を目指し頑張っていきたい」と意欲を見せ、アピールポイント・過去の成績は「3年ぶりの出場で、子どもたちも過去の成績を上回るベスト8進出を目標において、沖縄代表としてしっかり戦いたい」と紹介文が掲載されていた。

 同チームの試合は、16日は練習日で、17日午前10時25分から昭島市のS&D昭島スタジアムで行われる予定だったが、18日午後5時50分から町田市の小野路GIONベースボールパークで行われることになった。友人夫婦は、試合当日の午後3時の羽田便で熊本に戻る予定になっており、予定変更になるたびに「あー。残念。応援できないわ」と思わぬ台風の襲来にため息をついたが、新潟、埼玉からも訪れた友人たちと東京観光を楽しんでもいた。

 18日、町田市の小野路球場に向かった。ようやく初戦を迎える東風平星の試合観戦だ。それにしても京王線多摩センター駅、小田急線鶴川駅からもバスは出ているが1時間に1本。鶴川駅からタクシーで向かった。30分ほどかかった。到着したのは、夕焼けが球場を真っ赤に染める頃だった。ナイター設備の照明が煌々と光り、グラウンドを包み込んでいた。その中で東風平星の選手たちが試合前の練習を行っていた。1塁側には初戦を制した初出場の福井県「東郷ヤンチャーズ」が待ち受ける。その観戦席にはたくさんの応援旗がはためいていた。3塁側の応援席はナインの保護者たちだけでなく、関東周辺に住む同小の卒業生たちだろうか、沖縄の方言とハト(指笛)が鳴り響いていた。試合はYouTubeでも観戦できるとのことで、熊本に着いた友人夫婦も固唾をのんで見ていたらしい。

 沖縄先攻福井後攻で始まった東風平星の第一戦目。1回は両者共に0。2回裏に2塁打とセンター前ヒットやボークなどを絡めた展開で、東郷ヤンチャーズが先制の2点。応援席の声は「楽しめ、楽しめ」「笑顔、笑顔、笑って、笑って」とポジティブな声援が続いている。東風平星の得点は3回表にやってきた。内野手のSくんがヒットで出塁、続いて友人の孫のHくんが絶妙な1塁側へのバントヒットで、1、2塁。Kくんがセンター前に運んで1点。さらに1点追加で2―2の振り出しに。4回の攻防は両者とも0。5回表の東風平星は0。

 5回裏の東郷ヤンチャーズの攻撃はすさまじかった。3点立て続けに取られたところで投手は交代。しかし、流れはすっかり相手チームに。「笑顔、笑顔」「楽しめ、楽しめ」の声がグラウンドへ送られる。が、この回に相手チームの白球はセンターやライト、レフトと自在に飛んだ。東風平星の守りのグラブに吸い込まれる球はなく、後方に抜ける球を追いかけるのに必死で8点献上してしまった。2―10。6回表は最後の攻撃を迎えたものの、相手ピッチャーの速球に押され、0点。同大会の規定により、午後8時までの球場使用制限とのことで試合終了。

 あいさつを交わした後、ユニフォームを着替える東風平星の選手たちは、誰はばかることなく大きな声で体を震わせて泣いていた。孫の姿を見ていた祖父母たちは「あんなに大きな声で泣くなんて、びっくり。よほどくやしかったのねえ」と感慨深そうに話し、友人の娘は「沖縄では照明なんて、ナイター設備なんて使ったこともない。初めての体験にドギマギしたかも…。でも、よく頑張った。奮闘した」と声を落としながら泣きそうな表情を見せた。もっと、試合をしたかっただろうにと、つぶやきにならない言葉をのみこんでいた。きっと一緒に泣きたかったよね…。

 同大会は22日、前年度優勝した大阪府の新屋スターズと兵庫県の北ナニワハヤテタイガースが決勝に進み、新家スターズが2連勝して終わった。来年の同大会は神宮球場が改築工事のため、新潟県で行われる予定。沖縄から訪れた子どもたちの熱い夏は終わった。今後は奄美からも出場してほしいと切に願う夏だった。