島尾敏雄記念室講演会

多様な読解をされることが『死の棘』の評価と語る西尾宣明教授(2日、県立奄美図書館)

「多様な読解こそ名作の証明」
私小説『死の棘』 追手門学院大・西尾教授

 県立奄美図書館の前身・奄美分館の初代分館長を務め、奄美大島で名作『死の棘』を書いた島尾敏雄の作品を語る講演会が2日、奄美市名瀬の同図書館であった。日本近現代文学の研究者で、島尾に関する著書も多い追手門学院大学文学部(大阪)の西尾宣明教授(66)が「南島の視点から『死の棘』を読み直す」と題し、さまざまな読解がされる同作品について、「優れた作品であることの証明」とひもといた。

 講演は、島尾の命日(1986年11月12日)に合わせ、同館1階の記念室で開かれている企画展(21日まで)の一環。講演会には、顕彰会の会員や文学ファンなど56人(県立図書館でのオンライン視聴含む)が参加した。

 西尾教授は、『死の棘』に書かれた「四十を過ぎた」との表現を必然性がない記述だとして、作家の実体験に基づく私小説の特性と解説した。

 不倫を問い詰められたトシオが列車に近づき死のうとするシーンで、これまで糾問していたミホが一変しすがって止める姿について、二面性のある妻との関係性は「エロティシズム」とも「超越者の恩寵(おんちょう)」とも解釈できると話した。

 作品は、夫婦で愛人に暴力を振るう場面など全編で〝可笑性〟に満ちていると論じ、島尾自身が89年のインタビューで、「『死の棘』は笑って読んでもらいたいのだが、深刻にとられることが多くて」と答えた場面も紹介した。

 西尾さんは「妻への絆の証しの書、ミホの狂態を崇高に描いた―などさまざまな論評がある。こうした多様な読解により小説がさまざまな姿に変貌(へんぼう)することこそ、優れた小説であることの証明。これからも新しい読み方が出てくる可能性がある」と話した。

 旅行中に訪れたという東京都の30歳代の女性は「作品は男女の感情の機微を、心の中に心電図をつけたかのように書いている。ミホは男性を救う存在。ミホの嫉妬は女性から見ても美しい」と話した。