遺影の前に白菊を献花し、故・徳田虎雄氏の激闘人生と実績を偲ぶ住民たち=12日、徳之島町文化会館
徳田氏の激闘人生を追った展示コーナーも
【徳之島】徳洲会グループ創始者で医療法人徳洲会名誉理事長、元衆院議員の故徳田虎雄氏(享年86歳)=徳之島町亀徳出身=を偲(しの)ぶ会(同実行委員会主催)が12日、出身地の同町文化会館で営まれた。「生命だけは平等だ」を基本理念に古里・奄美の島々をはじめ全国77病院7福祉関連合わせ約400の事業所を創出展開した〝激闘の人生〟をたたえ感謝した。
医療法人・徳洲会グループを主体に先月23日に東京、28日に大阪でそれぞれ開いた「徳田虎雄・名誉理事長お別れの会」に続き、徳田氏の出身地での「偲ぶ会」開催に。国政や県政、群島各市町村長、議会など含む招待客235人に一般参加者合わせて約500人が来場、午後2時に開式した。
偲ぶ会実行委の東上震一会長(徳洲会理事長)は追悼の辞で、晩年の20年以上にわたった難病ALS(筋萎縮(いしゅく)性側索硬化症)闘病など壮絶な人生も回顧。時代の寵児(ちょうじ)の信念やエピソードも交え「あくまでも弱い人の味方に立ち、徳洲会という社会運動を公明正大に続けていくことが、徳田先生の遺志に報いることになる」とも述べた。
弔辞には三反園訓衆院議員や塩田康一知事(代読)、地元選出県議2氏、実行委副会長の徳之島3町長ら7人が登壇。「生命(いのち)だけは平等だ」を基本理念に「いつでも・どこでも・だれでもが最善の医療を受けられる社会」を目指し、特に離島の救急・へき地医療充実に貢献したことにも感謝が続いた。
徳田氏の激闘、壮絶人生を偲ぶ映像「『命の虎』医療界の革命児!徳田虎雄ヒストリー」(20分)を鑑賞した後、優しく微笑む遺影の前に参加者たちが次々と白菊を献花。長男で元衆院議員の徳田毅さんは遺族代表謝辞で、厳しい病院経営や選挙、闘病生活など父の姿を振り返り「苦難の人生が終わったと思う」とも吐露。全国77病院・職員約4万2千人の職員一人一人に「今後も『生命だけは平等だ』の理念は受け継がれる。徳洲会の活動にご支援を」とも呼び掛けた。
参加した町内の介護職女性(60)は「来島当時、大きな病院を全国で展開しているすごい方だと知った。医療界にこれほど貢献できる方はもう現れないと思う。古里の地(亀徳)でゆっくり休まれてほしい」。徳田氏のもと徳洲会一筋、離島医療に尽くした二宮正医師(69)=大分県出身、奄美市笠利町在住=は「医者だが一緒に選挙もやった。徳田(虎雄)理事長の厳しさの基本、原点には愛情があった」とも振り返った。
会場ロビーには激闘の人生や実績を追った写真パネル、手帳、生前履きつぶした革靴なども展示された。