しのぶ会の参加者たち。遺影を抱えるのが屋島さん、その右が宮地さん
【東京】東京奄美会元会長で与論町栄誉町民、奄美新聞社前身の大島新聞社取締役など、生前に幅広い活躍をしていた佐藤持久さん(2018年86歳で死去)をしのぶ会が22日、有志によって豊島区のホテルで開催された。しめやかにもにぎやかな会では、故人からの厳しい言葉や温かいエピソードが明かされた。
同会は東京奄美会元相談役の屋島範光さんが発起人代表、東京奄美会会長の宮地正治さん、東京喜界会顧問の吉岡茂夫さん、東京奄美会参与の小勝竹雄さんが発起人になった。ほか日本郵便元副会長の稲村公望さん、東京奄美会元会長の森眞一さん、結の島代表理事の井藤守仁さん、東京伊仙町会顧問・岡村隆文さん、埼玉奄美会会長・藤井壮望さん、東京与論会会長・直野健次さんらが参加した。
一同は宮地さんの献杯、遺影に向かい3度「とーとがなし」と拝礼。その後、思い出を披露した。小勝さんは「郷土愛に燃え特に与論への思いは深く、各小学校等の充実、発展に力を注いだ」とする一方、「役員に対して厳しい指導もあった」と東京奄美会佐藤会長時代の幹事長エピソードを明かした。
「40年来の付き合い。鹿児島県人会も佐藤さんの紹介だった」(敬天愛人フォーラム21代表・内弘志さん)。「まるで元帥のような厳しさの半面、人を包み込むような方。生前奄美で『持久会』があったことは素晴らしい」(宮地さん)。「新宿、池袋などの飲み屋で踊った思い出がある。喜界島頑張れとかわいがってもらった」(吉岡さん)。関わりを語る共通の言葉が「厳しくも優しかった」(直野さん、藤井さん)だった。直野さんは、東京与論会顧問の竹本登さんが「家族で与論島の持久さんの墓前に花を手向けた」とした弔辞を代読した。結の島理事の内村真希子さんは「持久さん。薦められた与論の十五夜踊りを見てきましたよ」と感激の報告をしていた。
急きょ参加した前衆院議員の保岡宏武さんは「父の後援会長を長く務めていただき、持久先輩の弔辞を父が読んだ。東十条小と与論小の交流の絆を続けていきたい」としのんだ。屋島さんは「徳のある人を見たら習え、ない人を見たら自省せよ、との人生の訓を教わった」と語り、「主人も天国で喜んでいる。素晴らしい仲間に感謝したい」との持久さんの妻・文子さんのメッセージを紹介した。