樹木医として奄美のソテツ対策の在り方に関心を示す德永太藏さん
2021年からソテツの異変に気付き、観察を続けた内山初美さん
後継樹づくり活動として進められた健全株からのソテツのナリの採取作業(2024年3月、奄美市笠利町城間)
国内の自生地は九州南部、奄美群島、沖縄諸島に限られ、亜熱帯の代表的な植物であるソテツ。国内初確認の外来カイガラムシによる奄美大島のソテツ被害は拡大の一途をたどっている。
自生地や群生地もある北部だけでなく瀬戸内町や宇検村の南部でも被害を確認。西古見、ホノホシ海岸、ヤドリ浜、屋鈍、船越など島の端部分でも葉が茶色になり枯れたソテツが見られ、被害は島内全域に及んでいる。
関係機関による防除薬の調査検討などが進められているものの、まだ効果的な方法は見いだされていない。収束の見通しが立たなければ葉や幹が枯れ、やがて崩れ落ち、島内のソテツが絶滅する可能性は否定できない。こうした中、奄美のソテツの遺伝的多様性を保全するため、健全株から種子(ソテツの実のナリ)や子株を採取、未発生地域(奄美大島以外の地域)での域外保全、さらに島内で後継樹づくりに取り組む動きがある。
域外保全に取り組んだのが一般社団法人日本ソテツ研究会(Japan Cycad Society)。2023年12月、北部を中心とする複数の生息地に自生している雌株累計25株から約500個の種子を採取し、国内外の複数の植物園などで保存管理されている。同会は発生地域の島内でできる保全の取り組みも提案。まだ株として生存するもの(の一部)を別の場所に移して確保する方法だ。
同研究会の栗田雅裕事務局長は、▽幹部の一つ「例えば太さ10~30センチ、長さ1メートル程度」を丸太のように切り出して、殺菌処理を行い、外来カイガラムシを除いた上で風通しの良い暗所などに保管▽生きている幹なら数か月もすれば発根することから、それを踏まえて「温室内など人為的管理ができる場所での植え付け」―を挙げる。順調に育ては被害後の群生地に戻せることから、再生手段として有効ではないか。
島内で後継樹づくりに向けて活動しているのは、奄美のソテツ文化継承にも取り組んでいる保全グループ。23年度は集落の理解を得ながら瀬戸内町の伊須と西古見集落、奄美市笠利町の城間集落で行われた。
■樹木医の視点
後継樹づくりは奄美のソテツの次世代である子孫を残す「未来につながる」活動だ。専門家の目にはどのように映るだろうか。
一般社団法人日本緑化センターが実施している民間資格に「樹木医」がある。樹木の診断及び治療、後継樹の保護育成・樹木保護に関する知識の普及・指導を行う樹木のお医者さんだ。
同センターによると24年6月1日現在の全国の登録者数は3071人で、このうち鹿児島県の登録者は24人。その一人、奄美出身で現在は県本土に居住する德永太藏さん(64)は「奄美市内でのソテツ被害は8割に及んでいると聞いている。これだけ被害が拡大していると発生地域から未発生地域にソテツを持ち出す域外保全は、種子や苗に虫が付着している可能性がありリスクを伴う。後継樹の育成が被害を他の地域に広げる危険性がある。島内で健全な苗の確保へ後継樹づくりは大賛成。やり方として間違っていない」と指摘する。
後継樹づくりは採取したナリを苗に育てる方法だが、德永さんは「育苗場所にまず虫の侵入を防ぐため防虫帯・緩衝帯に目を向けたい」として、防風樹・防風垣のようなイメージで背の高い植物が周辺にある場所での取り組みをアドバイスする。その上で防虫網を張り巡らすか、ハウスを作り「健全な空間」を整備。持ち込むナリも万全を期すため「消毒については、ウリミバエの殺虫やサツマイモ基腐=もとぐされ=病の殺菌にも使用している蒸熱処理が応用できる。健全な種子(ナリ)を使用すること。さらに、出入りする人にカイガラムシが付着していることも考えられエアシャワーや消毒槽などの整備を行い、人の出入りも注意が必要」と語る。
虫の侵入を防ぎ健全な空間を確保しての後継樹づくりの一方で、「発生密度を下げる取り組みは引き続き必要。県などの研究機関で発生させないシステムを開発してもらいたい。密度を下げない限り、後継樹が育ったとしても元の場所に植えることは困難。海外の取り組みとして、寄生蜂=はち=、テントウムシや寄生菌での防除事例がある。土着天敵を利用した環境に配慮した防除技術の開発に取り組んでほしい」と德永さん。
早期実現には研究開発に向けた予算の確保や人材の配置・増員が必要ではないか。ソテツに対し飢饉などの食糧不足時に先人の命を救った「救荒作物」との認識がある地元市町村の姿勢がポイントだ。県や国に対する要請など政治力が欠かせない。現在では見るのが難しくなった「青々とした葉を蓄えたソテツがある風景をよみがえらせる」という地元の熱意がない限り前進しないだろう。
■個人では限度
保全グループの一人として活動に取り組んだ奄美市名瀬の内山初美さん(72)は自ら苗づくりもしている。「ソテツ、ソテツと言っている割には栽培のノウハウが分かっていない。そこで自分なりに試してみようと思った」
被害が出ていなかった南部地域から取り寄せたナリ59個をビニールの鉢に植えたのが昨年9月中旬。木の枠を網で覆って、その中に鉢を入れて自宅の庭で育てている。昨年11月下旬。ときめくような瞬間があった。1個のナリが発芽していたのだ。「ナリが割れて芽が出ていた。もう一つも芽が出そうだった。やれるんだ。自信になった」。内山さんは笑顔を見せると同時にこう語った。「個人での取り組み(後継樹づくり)は限度がある。農作物を栽培するような規模のハウスがあれば、もっと量を増やせる。ソテツは育つまで期間が長いだけに場所の確保が必要。そして何よりも植物に詳しい人により育て方を確立してほしい。やはり行政の支援、取り組みをお願いしたい」
種子あるいは幹からのソテツの再生。奄美大島の市町村が施策として踏み出すことによって実現する。「絶滅へと秒読み」とも言える中で種子の確保も課題だ。発生地域以外の島、奄美大島に近い加計呂麻島、請島、与路島で入手できるかどうか調査することも必要だ。内山さんの発言のように「個人あるいは民間では限度がある」だけに、地域の協力の下で進めることができる行政が主体になるしかない。
内山さんが異変に気付いたのは21年5月。インスタグラムにアップされた写真を見て。「ふわふわしているソテツの葉」「あれから100日。金髪になってた。これから元気になるんだろうか」といった書き込みもあった。内山さんは撮影された場所を確認。「芽を見て、普通じゃないと思った」。夏場、市役所に電話した。「カイガラムシのようなものが付着しています。どうにかした方がいいと思います」。内山さんは道路沿いなどのソテツの観察を、まるでパトロールするように続け記録を重ねた。
翌年の10月、地元新聞に投稿した。「奄美市名瀬の長浜から浦上に通じる道路沿いの多くのソテツが枯れてきています。よく見ると、葉にびっしりとカイガラムシのようなものが付いていて、薄茶色に枯れています」「これは昨年、佐大熊町の道路沿いのソテツから始まったものと思います。今年はもう長浜から輪内地区まで、あっという間に広がっています」「ソテツは数年前からシジミチョウに新芽を食べられるという被害もありますが、今回は違った形のようです。今回の様相は松くい虫が奄美の山々の松をあっという間に枯らしてしまったというのに似ているような気がします」。内山さんは被害ソテツの写真を持参しながら奄美市、県大島支庁、龍郷町など行政機関を訪問。龍郷町は町長自ら面会に応じ、説明を聞いたという。
行政機関の対応には温度差があった。内山さんは振り返る。「こちらが繰り返し訴えても当時、行政には危機感があまり感じられなかった。何よりも『ソテツは大事』という市民の盛り上がりが低調だった。80~90歳代などナリ粥=かゆ=を知る世代の皆さんもいるのに…」。奄美のソテツが危ないという抱いた危機感。薄れることなく募るばかりだ。防除、保全、そして後継樹づくり。行政の施策として推進するためにも地域住民の関心が高まれば希望を託せる。
■参考文献
『琉球料理全集1』新星図書
『松山御殿物語』松山御殿物語刊行会編
『辺留グスク発掘調査報告書』奄美市教育委員会発行
『李朝実録』日本史料集成編纂会