アマミノクロウサギの分布の変化
環境省で収集した死体やカメラデータなどから得られたアマミノクロウサギの分布情報を基に作成した
昨年度環境省が発表した大きな話題として、フイリマングースの奄美大島からの根絶宣言があります。これは、1979年に導入されたとされる特定外来生物のマングースを、1993年から約30年かけて根絶させたというものです。当初は定着したマングースによる農作物や畜産業への被害が広く見られたことから有害鳥獣としての捕獲が始まり、その後在来種への影響が確認され、2000年から環境庁(現環境省)および鹿児島県による防除事業が始まりました。さらに、根絶するためには林内での捕獲も行う必要があることからマングースバスターズが結成されました。根絶までの道のりの中でも、探索犬の導入や化学防除など国内でも先進的な手法が取り入れられたこと、「いない」ということを確実にするための地道な点検作業が続けられたことは、この事業を成功に導いた重要な点です。
1993年に有害鳥獣捕獲が始まるきっかけとなったのは、奄美哺乳類研究会による在来種の生息調査やマングースの胃内容物調査とのことです。当時調査を行っていた同会の半田ゆかりさんや阿部愼太郎さんが、その頃は夜な夜な調査に出かけてもほとんど生きものを見つけられなかったとおっしゃっていました。集落から少し山道に入ればアマミノクロウサギなどが見られる、にぎやかな現在からは想像できない静けさだったのではないでしょうか。
私が奄美大島に来た2015年には、アマミノクロウサギを見に行くツアーが既に商品として成立するほどに生息状況は回復していましたが、実際に森林総合研究所の亘悠哉さんの研究やマングース防除事業でも2010年前後からアマミノクロウサギの個体数の回復が報告されています。環境省がアマミノクロウサギ保護増殖事業でまとめている生息確認エリアにおいても、2018年ごろから毎年10平方㌔㍍以上の拡大が確認されており、個体数だけでなく分布の広がりも確認されています。もちろんこれはアマミノクロウサギに限ったことではなく、さまざまな在来種が同様の回復傾向を見せており、希少種の保護だけでなく生物多様性の保全という観点からも、外来種対策をする意義を示した世界的にも重要な事例と言えるでしょう。
外来種対策は島の生物多様性を守るために必要な作業であることは間違いありません。そして生物多様性を守ることは、生活や文化に豊かさをもたらすだけでなく、自然が本来持つ機能の強度を保ち、災害などから私たちの生活を守ることにつながると考えられます。一方で、回復した在来種が、私たちが望む形でいてくれるとも限りません。この連載の主題である希少種による農作物被害は、これらの回復してきた在来種の生息地と耕作地の重なりが引き起こしたものだと言えます。大和村で農業をしている方に伺ったところ、2014年ごろからアマミノクロウサギによる農作物被害が目立ってきたとのこと。この被害は分布の広がりと連動するようにここ数年で各地に広まりつつあります。さらに交通事故も増加しており、「こんなに増やす必要があるのか」とまで言われたこともありました。しかし、繰り返しになりますが、野生動物は私たちが望むような形でいてくれるとは限らないのです。回復してきた在来種と人との軋轢は、別途取り組まなければならない現代の重要な課題と言えます。
私たちは古くから野生動物と共存してきました。例えばリュウキュウイノシシやハブなどはよく知った〝隣人〟であり、ある程度付き合い方を心得ている方も多いでしょう。しかし、アマミノクロウサギのような希少種は身近な存在ではなかった時期が長すぎて、今の私たちにとっては一緒に過ごすのがほぼ初めての隣人といえます。今はその隣人がどんな行動や特性を持っているのかを調べて、新たな付き合い方を模索している段階なのではないでしょうか。私が鹿児島大学の研究員だったときに、被害を調べるために設置したカメラでアマミノクロウサギがひょいと木に登ってタンカンの樹皮を食べているのを見たときは衝撃を受けました。また、一生懸命農家さんが設置した金網柵の下に器用に掘られた穴を発見したときは頭を抱えました。最近ではアマミノクロウサギの研究者も増えてきて、彼らの生態や行動、身体能力についてさまざまなことが分かってきています。こういった情報やデータの積み重ねが新たな付き合い方や対策のヒントになると思います。効果的な対策がとれるように、今後も関係機関や研究者と協力し合って情報提供を行っていきたいと考えています。