アマミノクロウサギによるものと思われるサトウキビの茎の食痕
徳之島子宝空港に降り立つとアマミノクロウサギのキャラクターと映像が出迎えてくれます。世界自然遺産の島であることを島内各所の看板が伝えます。遺産価値は、昨年オープンした徳之島世界遺産センターで詳しく知ることができます。世界のどこにもない、ここだけの貴重な自然がこの島にはあります。
一方で、世界自然遺産を象徴するこのアマミノクロウサギによる食害は、その規模の拡大とともに、島民の多くが気にかけるニュースとなっています。環境省はクロウサギの保全だけでなく、農家の方をはじめとする島民とクロウサギとの共生を模索する立場でもあります。農業被害に関して、筆者もさまざまな現場を見せていただいた。
奄美大島と同様に、徳之島においてもタンカンは以前からクロウサギによる食害を受けてきました。農家の方は試行錯誤を続けられており、徳之島では島外の方を巻き込んだ取り組みも進んでいます。その一つが徳之島町の「とくのしま共生プロジェクト」です。この取り組みは、食害を受けているタンカン農家がふるさと納税にタンカンを出品するものです。出品の際に、クロウサギの食害と共生に関するストーリーを発信することで、共感を持った方が購入してくださる。そのふるさと納税を活用し、ロードキル対策や農業被害対策のための防獣ネットの配布、島内学生が食害を学ぶツアーなどを実施する、という産業振興と環境保全の好循環が生み出されています。
環境省も関わっており、この取り組みの効果を対象農家の方に伺いました。ふるさと納税への出荷が販路開拓のきっかけとなり、収入増加につながったと教えていただいた。このような成功事例を増やすことを引き続き応援していきたいと思います。
もう一つ食害が問題となっている農作物があります。徳之島の農業を支える基幹作物のサトウキビです。地域によっては数年前から食害を受けてきたが、その範囲がここ最近広がっています。サトウキビは黒糖のイメージが強いが、島のサトウキビの出荷先は99%が精製糖(白砂糖)用です。白砂糖は、島外の工場で他の産地のものと混ざるため、タンカンと異なりクロウサギを冠とした島独自のブランドを作りにくいという課題があります。一方で、近年は消費者意識も高まり、企業もSDGsに則った持続可能な製品開発が求められています。今後は、買い上げ企業に食害の実態を知っていただき、食害対策を支援していただく枠組みを構築することも可能かもしれません。
クロウサギの里として知られ、クロウサギを目当てとしたナイトツアーの行き先でもある天城町当部集落では、広くサトウキビが栽培されています。当部集落ではこの2、3年で食害の範囲が広がっています。サトウキビの先端の方からまばらに新芽を食べていく食害は、イノシシと違ってすぐには分かりづらい。これは被害額が過小評価されている可能性を示すものだが、農家の方も声を上げづらいと考えられます。さらに、費用や労力の問題から、大規模な対策を取りづらいことも課題として見えてきました。
先人たちが苦労して土地を開いてきた徳之島において、現状ではクロウサギは厄介な隣人と思う島民も多い。一方で、クロウサギを一目見たいと国内外から人々がこの世界自然遺産の島を訪れます。それほど価値がある島であることを多くの島民の方に実感してもらいたいと筆者は切に願っています。そのためには、クロウサギの価値を知っていただくだけでなく、価値をどのように島民全体に還元できるかを考えていく必要があります。これが世界自然遺産の島、クロウサギと共生する島、農業の島の重要課題です。クロウサギが島の皆さまにとって、手もかかるが誇りにも思える存在となり、真に共生した在り方を築く、そんな手だてを一緒に探っていきたいと思います。