「共生」を考える 希少種による農作物被害の現場から 7

タンカンの幼木を採食するアマミノクロウサギ

電気柵の前で立ち止まるアマミノクロウサギ

金網柵や電気柵の設置効果検証
共生に向けた〝棲み分け〟 髙山 耕二(鹿児島大学農学部)

 私は㌃ほどの小さな農地を所有し、そこで稲や野菜を育て、ニワトリ、アイガモ、ガチョウ、そしてヤギを飼育しています。その営みは週末や休日における私のささやかな楽しみです。しかし、最近では周りの農地が次々と放棄され、代わりにシカやイノシシに出会う機会が増え、彼らは周辺の農地で農作物に被害をもたらすようになってきました。これは私の農地に限ったことではなく、日本各地で人と野生動物の軋轢が生じています。私の場合、農地を電気柵でぐるりと囲み、シカやイノシシなどの野生動物の侵入を防いでいます。

 さて、私がアマミノクロウサギの農作物被害対策に関わるようになったのは、今から6年ほど前、最初は半信半疑で奄美大島を訪れ、食害を受けたタンカンの木やそこに登っているアマミノクロウサギの写真を見て、事態の深刻さを初めて知りました。それから現在まで、奄美大島や徳之島で農業生産者の協力を得て金網柵や電気柵の設置効果を検証し、平川動物公園(鹿児島市)の協力も得てアマミノクロウサギの行動を解析し、それを現場にフィードバックしてきました。実験の中では、タンカン園に設置したセンサーカメラに冬になるとタンカンの幹や枝葉をかじりだすアマミノクロウサギの姿が…なぜ冬なのかはいまだに謎ですが、こうなると幼木は枯れるまで食べ尽くされてしまいます(写真)。映像を見てあぜんとし、これを農業生産者が目の当たりにした時のことを想像するとやるせない気持ちになりました。

 私たちは自然の恵みを受けて、農を営み、食料を得ています。野生動物も同じです。限られた資源やスペース(島)を人と野生動物がどう分かち合い、共生していくのか?農作物被害の対策を考えるとき、いつもこのことを意識しています。これはアマミノクロウサギのような希少種に限ったことではなく、先ほど登場したシカやイノシシにも当てはまることです.私は被害対策の一つとして、農地を金網柵や電気柵などで囲み、その内側を人が農業を営み食料を生産するエリア、外側をアマミノクロウサギが活動するエリアに分け、両者の〝棲み分け〟を図ることを提案しています(写真)。これについては、否定的な意見があるかもしれません。アマミノクロウサギの生活エリアが狭くなるのでは?金網柵でケガをするのでは?電気柵に感電することで健康上のリスクがあるのでは?などさまざまな懸念の声も聞かれます。今後も検証を続けていく必要があるかもしれませんが、いま奄美大島で設置している金網柵は網目が4㌢㍍×4㌢㍍でイノシシ用の柵に比べて小さく、アマミノクロウサギの頭が入らないサイズなので、網目に体が挟まるリスクをなくしています。また、電気柵についても設置した直後に触れて電気刺激にビックリするアマミノクロウサギの様子が撮影されましたが、その個体がすぐに戻ってきて柵の周りで元気に草を食べる様子も確認されています。このように、侵入防止柵の設置はアマミノクロウサギを傷つけ、排除するものではないと考えられます。

 ここで忘れてはいけないのが、柵を設置し、それを維持・管理するのは、農作物被害を受けている生産農家であること。このことは労力面、そして経済面での負担を強いることになります。しかしながら、柵を設置することで農作物が守られ、これによりアマミノクロウサギとの軋轢が解消されれば、農業分野における両者の共生の道筋が見えてくるかもしれません。こう考えると、生産農家による被害対策はアマミノクロウサギとの共生に向けた大事な取り組みと言えます。最近では、アマミノクロウサギによる農作物被害がサトウキビ畑やイモ畑などにも広がっています。これに対する柵設置など生産農家による地道な取り組みを引き続きサポートできればと思います。なお、アマミノクロウサギの侵入防止については、今春発行したマニュアルの中で効果的な柵の設置方法など映像を交えて紹介しています。鹿児島県のホームページなどで公開予定ですのでぜひご覧ください。