武州丸の悲劇を風化させない

第20回「疎開船武州丸慰霊・平和の夕べ」の参列者たち=20日、徳之島町亀徳

戦後80年 慰霊と平和の夕べ 徳之島町亀徳

 【徳之島】太平洋戦争中の1944(昭和19)年9月25日、十島村中之島沖で米潜水艦に撃沈され、徳之島町からの疎開者148人が犠牲となった疎開船「武州丸」の悲劇から81年。第20回「疎開船武州丸慰霊・平和の夕べ」(武州丸と平和を考える会主催)が20日夕、同町亀徳なごみ公園の同慰霊碑の前で今年もあった。

 同犠牲者たちにはゼロ歳児5人を含む77人の子どもたちも含まれる。武州丸の悲劇を風化させてはいけないと、継続している「武州丸と平和を考える会」(幸多勝弘代表)や一部遺族、町地域女性団体連絡協議会の会員ら含め23人が参列した。碑前に全員で線香や花を手向け、黙とうして冥福を祈った。

 幸多代表はあいさつで、コロナ禍も乗り越え継続してきた経緯や意義も交え「戦争は人々の夢と希望を奪う悲劇であり、風化させてはならない。子どもたちの平和な未来を築くためにも」。ウクライナなどの現状も例に「戦争で真っ先に犠牲になるのは子ども・女性・高齢者などの非戦闘員。悲劇が現代にも繰り返されている」とも訴えた。

 国会議員などからのメッセージ紹介に続き、町地女連副会長の中村理佐さん(49)が「平和の誓い」を朗読。中村さんは「どうかこの子だけは…」と子どもを抱いて船に乗った母親に思いを馳せながら、「女性連の一員、母親の一人として、子どもたちには命の尊さや戦争の悲しさ、平和のありがたさをしっかりと伝えたい」ともアピールした。

 参列者全員で「戦後80年、武州丸の悲劇を風化させない」メッセージも紹介。祖父が妻子など一家7人を武州丸で失った遺族の一人・松村大吾さん(50)=同町山=は「(武州丸は)大きな事故・事件であり、戦争の悲惨な歴史の一つ」とも語った。