中村海莉さんに木場敏朗校長から卒業証書が授与された
卒業を祝って来場者ら全員で記念撮影をした
奄美市住用町の市=いち=中学校(木場敏朗校長)で11日、第72回卒業式があった。最後の卒業生の中村海莉=かいり=さんを、これまでの卒業生や地域住民ら約80人が祝福。たった1人の卒業生の成長した姿に別れを惜しみながら新たな一歩を踏み出す姿を見届けた。
茂谷美由紀教諭と共に入場してきた中村さん。この日の快晴の空のように、すがすがしく堂々と入場する姿を来場者らは笑顔で迎えた。卒業証書授与では、木場校長から受け取った卒業証書を来場者らに広げて見せると、全員が拍手で卒業を祝った。
木場校長は式辞で「校訓『夢・自信・愛』を心の中に持ち続けることが、信じる道を進むうえで確かな道しるべとなり、力強く自分の人生を切り開き、大きく羽ばたいてくれたら」と語り、「150年の長きにわたった学校がなくなるということは大変つらく寂しいこと。だが、いくつになっても、どこにいても先輩方や先生方と共に過ごした時間を忘れず、誇りに思い続けてほしい」と激励した。
向美芳教育長は「学校や地域で生徒が1人になっても変わらず教育生活を支え、わが子のように、あるいは孫のように温かく見守り続けてくれた」と告辞。安田壮平市長は「古里・市を囲む山々のようにゆるぎない志を持ち、自分が定めた目標に挑戦し、古里・市の美しい海のように広い心でこれから出会う人たちと触れ合ってほしい」と祝辞を述べた。
中村さんの父・隼人さんはPTA会長として、母・由美さんは保護者として、それぞれあいさつした。壇上での記念品贈呈では隼人さんから海莉さんが印鑑を受け取ると、2人で抱き合って喜ぶ姿に来場者からは笑い声が起きた。
中村さんは、小学1年生からの9年間の思い出を振り返り、「人数の少ない学校だったが、その分、先生方や地域の方がいつも温かく見守ってくれた。市小中学校で学んだことを胸に、これから始まる高校生活でも努力を重ね、精いっぱい頑張ります」と別れの言葉を話した。
休校(閉校)になる奄美市住用町の市小中学校
毎日のように通った校舎、何気なく過ごした教室、笑い声が響いた時間――。休校(閉校)になる奄美市住用町の市小中学校に関わってきた全ての人にとって大切な思い出。その思い出を卒業生たちが語ってくれた。
どの地域においても学校と集落のつながりはあると思うが、特に市集落においては一集落一校ということもあり、そのつながりは特別なものがあると思う。学校行事に集落全体で参加し、集落行事に学校が関わり協力する。これが延々と続けられてきた。
少子高齢化に伴い児童生徒が減少していく中、島外からの転入生や留学生を受け入れたりして、なんとか学校を存続させたいと、学校・集落で努力してきたが、なかなか思うように続かない現状になってきた。
2025年2月に郵便局が閉鎖し、150年の歴史がある市小中学校が休校(閉校)になり、今後、住用全体で学校の統合も検討されているところであり、この先UターンやIターンする人も少なくなる。更に人口減少になり過疎が、より進んでいくのではないかと寂しい思いでならない。
卒業して52年、休校は残念だが、学び舎で過ごした時間、友のつながりは今も宝。水泳部でトビラ前の海岸で鍛えた体が健康の源となっている。
4年生から卒業までの3年間を過ごした市小学校。校庭には奉安殿がまだ残っていて、子どもたちの遊び場になっていたのを覚えている。休みの日には、同級生の友達の兄がかけるレコードのベンチャーズが、静かな集落中に響き渡って面白かった。海ではテラザ(マガキ貝)やアオサとりを同級生に教えてもらった。暮らしと自然が共存しているいい場所だった。
中学3年生の1年間を男女合わせて20人弱というクラスで過ごした。不思議と皆、明るく、優しい。朝、釣りたての身が踊っているサワラを刺身で食べた感動が忘れられない。
150周年の年に休校。懐かしいたくさんの思い出と母校への感謝の気持ちで胸がいっぱい。アナログ時代の何もかもが鮮明に記憶として残り、不便さも楽しめた学校生活だった。
どの地域も学校の統合が進んでいるが、地域活性化につながる生かし方も期待したい。
小中学校へはだしで入学、卒業。そして雨漏りの校舎で暑さ寒さをこらえ学んだことや校区内の老若男女が参加し楽しかった運動会。当時は、小中学生が150人を超えていて懐かしく思い、記憶として残っている。休校(閉校)の知らせを聞いて残念…。「今年の卒業生おめでとうございます。また校長先生始め先生方お疲れさまでした」

