約150年前の土地利用を復元 徳之島町誌編さん室

「竿次帳・尾母村」編=国立公文書館つくば分館所蔵

尾母集落の約150年前の土地利用状況復元図(徳之島町誌編さん室作成)

徳之島町郷土資料館デジタルアーカイブ

 

第一弾「尾母集落の復元図」を公開

 【徳之島】徳之島町誌編さん室(竹原祐樹室長)は、1879(明治12)年に作製された土地台帳「竿次帳(さおつぎちょう)」を基に、約150年前の集落の土地利用状況を復元する取り組みを進めている。このほど第一弾として、同町尾母(おも)集落の復元図が完成し、公表した。

 「竿次帳」は、明治期の地租改正に伴い鹿児島県が作成した土地台帳で、土地ごとの字名や地番、地種(地目)、所有者などが記録されている。原本は国立公文書館つくば分館が所蔵。徳之島町出身の松山哲則氏(千葉県在住)がその存在を確認し2011年、同氏をはじめ奄美博物館や宇検村教育委員会、知名町中央公民館などが調査・収集したという。

 町誌編さん室では、2018年度から24年度までに『徳之島町史』各編やダイジェスト版『徳之島学へのいざない』を刊行。25年度からはこれまで収集した歴史資料の整理・保存を進めている。今回の約150年前の土地利用の復元(第一弾)もその一環となった。

 作業では、明治20年代に作製された小字図と「竿次帳」の記録とを照合。尾母集落では全1331筆、35の小字について確認し、地種ごとに色分けした情報を現在の航空写真上に反映させた。これにより、明治初頭と現在の土地利用状況を比較できるという。

 復元図からは、現在の小学校(1902年開校)周辺や「浅田」と呼ばれる地域に水田が広がっていたことが判明した。畑地造成などが進んだ現在の景観からは確認できないものの、「田」のつく小字名が実際に水田地帯であったことを裏付ける結果となった。

 また、薩摩藩による砂糖専売制が行われていた時代にあって、地域の土地利用がサトウキビ畑一色ではなかった可能性を示唆しているという。

 さらに、現在は住宅が立ち並ぶ「前子川(みぃしぎょ)」では、約150年前には宅地が2筆しか確認できず、集落内で世帯の移動があったことも推定されるとする。

 同編さん室長の竹原学芸員(41)は「明治12年『竿次帳』に基づく土地利用状況の復元により、明治初頭から現代に至る集落景観の変遷を浮かび上がらせることができる。今後も町内全集落の復元を進めたい」としている。

 同復元図は順次、町広報誌で公開するほか、24年度に開設した「徳之島町郷土資料館デジタルアーカイブ」への掲載も予定している。