直言 民間の視点から ■4■

直言 民間の視点から ■4■

「商店街をステージに」という発想から開催された障がい者アート展。色彩豊かな作品を鑑賞する機会が提供された(3月9日)

ネット、コロナで店舗激減
伝統を今に「芸能のまちづくりを」
森幸一郎氏インタビュー

―人の往来が活発で常ににぎわいがあった中心商店街。現在はシャッターを閉めた店舗が目立ち閑散としている。栄枯盛衰の境界となったものは。

「やはりインターネットの影響が一番大きい。昭和40~50年代、商店街の店舗で8~9割を占めたのが衣料品、もしくはそれに関連する服飾雑貨(かばんや靴など)で、品ぞろえさえすれば売れた。銀座通りも同様。奄美群島では与論島にも銀座通りがあるが、日本で一番多い通り名とされている。正式な話かどうかは分からないが、名瀬の商店街通りの中で最もにぎわっていたことから『名瀬の銀座じゃがー』から呼ばれるようになったと聞いている。昭和から平成にかけて通りの店舗数は65あったが、現在は20店舗余り。このうち衣料品店は1~2割まで減り、8割は全てサービス業。美容院や理髪店、ネイル店など手に職を持った皆さんが営業を続けている」「衣料品は特に打撃となったネット利用の高まりで販売不振、同時に店舗経営者も高齢となり、次々と店を閉めた。時代の変化かもしれない。そしてダメを押したのが新型コロナだ。人通りがなくなったのは大きな痛手。売り手、バイヤーとしての醍醐味だったはずだ。なじみの購入者のことを思い浮かべながら色合いや肌触りなど好みの商品を確認して仕入れ、対面で商品のことを説明しながら売る。これができなくなったのだから」

―ネットに加えてコロナ。商売が成り立たず大打撃となったことが想像できる。

「私のように商店街で生まれ育った子どもたちも当時は気の毒だった。下がる一方の売り上げから将来の見通しが立たず、経営者は自分の子どもに商売を継いでとは言えなかった。『安定し、島では待遇がいい公務員になりなさい』。本土に進学後、就職が決まると『良かったね。そこで頑張りなさい』。古里に戻ることを勧めることができない自己否定の悲しさ。新型コロナの頃、通り会全体のまとめ役である連合会会長をしていただけに、何もできない無力感から打ちのめされるようだった。往来の多い活気だけでなく経営者同士の横のつながりの強さ、共に参加しての祭り開催や研修の楽しさと商店街の素晴らしい時代を知っているだけに、かなり落ち込んだ」

―物販でネットの影響は今後も続くが、これからの商店街をどう描くか。

「現在の連合会会長は指宿俊彦さん。厳しい中で戻ってきたが、『商店街は奄美市の中心。絶対ににぎわいが必要』という強い気持ちを抱いており、これに賛同し銀座通りの代表としても全面的に協力していきたい。会長は商売をする場である商店街に必ずしもこだわっていない」

―どういうことか。

「商店街をステージにという発想だ。関わる人々にいろんな発表の場、出会いの場、発信の場の提供を掲げている。それによって自然に人が集まりにぎわいが創出されるという考えだ。ここには全国どこにでもあるような大手チェーン店はない。奄美らしさとも言えるだろう。よりローカルで、昭和のベタベタ感の店舗ばかり。以前のような衣料品主体ではなく、いろんな店があることから面白いとして観光客が『街ブラ』で訪れる。クルーズ船客も同様だ。商店街に足を運ぶ」「発表の場では、夏祭りなどを子どもたちが見るだけでなく歌や踊りなど自ら発表する。それを大人たちが『とても良かった』と褒める。肯定されることでいい思い出、楽しい思い出として刻まれ、将来古里に戻ろうという気持ちになるのではないか」「発信の場は、最近では3月にあった障がい者が描いた絵を展示・販売する『チャレンジど・アート展 結の芽』がある。連合会会長を始めとした若いメンバーで実行委員会が結成され、実行委代表の『障がい者が輝ける場所になれば』という強い思いが形になった。ステージという位置付けで、幅広い活動ができている。若い皆さんの発想は可能性を感じる。応援していきたい」

―中央通りにクリニックが開業した。催事開催で若い経営者の発想を含めて商店街に新しい息吹を感じる。やはり奄美市の顔でなければならない。商店街を核としたまちづくりについて提案を。

「クルーズ船を利用したインバウンド(訪日外国人旅行客)は、目の肥えた富裕層ばかり。本当に価値あるものなら金額に関係なくいくらでも購入していく。しかし残念ながら街ブラで商店街を訪れる、こうした皆さんが積極的に商品を購入するという姿をあまり見かけない。楽しめる工夫、仕掛けがなければそのうち外から訪れる人が減少するだろう。沖縄の民謡酒場のような芸能ショー、エンタメを提供する場が商店街にあっていいのではないか。沖縄では国内外を問わず多くの観光客が訪れ、飲食もしながらショーを楽しんでいる。かなりの経済効果が実感できる」「商店街の通り(末広本通り)にある公共施設・AiAiひろばを活用できないか。デパートの催事場のような雰囲気だ。奄美は芸達者な人が多い。シマ唄や演歌、新民謡、歌謡曲とジャンルを問わず、さまざまな歌手がいる。落語や漫才の愛好者も存在する。土日を前に毎週金曜日に、AiAiひろばの2階で『金曜寄席』といった演芸会を開いたら、たくさんの来場者でにぎわうのではないか。定期開催することで地元のファンだけでなく、それを目当てに観光客も訪れる。施設の本来の目的は観光交流の場。文字通り観光の目玉になる」

―確かに奄美は長年継承されている伝統芸能が示すように「芸能の島」だ。問題は「島タレント」「ご当地タレント」とも言える皆さんを束ねる存在。芸能事務所のような機能が確立されたら前進するが…

「商店街にはシマ唄の普及、音楽の普及で大きな実績がある店舗が存在する。芸能プロダクションの代表として、音楽への精通ぶりからもその企業の会長さんが最適任者ではないか。出演者をボランティアでお願いしては限界がある。やはりギャラが発生しないとビジネスとして継続できない。それには軌道に乗るまでは事務所(芸能プロダクション)の提供、会場の提供、さらにギャラの支援を含めて行政の後ろ盾をお願いしたい。商店街にあるイベント会場としてAiAiひろばの機能が見直されるはずだ。芸能のまちづくりによって人が人を呼び、にぎわいを取り戻すだろう」

◆インタビュー余白

あまみエフエムのラジオ放送で午後3時前になると、必ず放送されるのが「商店街クイズ」。聴きやすい良く通る声。この声の持ち主でもある。子どものPTAや部活に関連した保護者の集まりでも自ら司会・進行役を買って出たという。そのときの第一声は必ずこのフレーズ。「名前が森だから、モリ上げまーす」

「それで笑いが取れる。幸せを感じる瞬間。笑顔が一番ではないか」。身長180㌢の大柄。「加齢もあって最近は縦が縮み横の方がどんどん広がりつつある」と苦笑い。明るい太陽のような人柄が魅力だ。

(聞き手・徳島一蔵)