古仁屋高校での人権教育で講話した国立重監房資料館の部長で学芸員の黒尾和久さん
ハンセン病の歴史的事実や人権侵害の実態などを学んだ生徒たち
「他人事を自分事にできるか」
瀬戸内町にある県立古仁屋高校(宮原正博校長)で19日、初の試みとなる人権教育として群馬県にある国立重監房(じゅうかんぼう)資料館の部長で学芸員の黒尾和久さん(64)を招いての講演があった。同館はハンセン病問題に関する資料の収集・保存と調査・研究に取り組んでいる。黒尾さんは差別・偏見解消へ寄り添うことについて「他人事を自分事にできるか」と指摘し、同じ島内にある国立療養所・奄美和光園に関心を持ち足を運び、理解する大切さを生徒に伝えた。
歴史的事実を通して人権侵害の実態を学び、人権尊重の視点で物事を捉え、差別や偏見を許さない態度を育成しようと開催。黒尾さんは16・17の両日、奄美では10年ぶり開催となったハンセン病市民学会に参加するため15日に来島。引き続き滞在し、大学で共に考古学を学び先輩後輩の間柄にある同高校の立神倫史教頭との縁で講話に至った。国立ハンセン病資料館での勤務経験もある。重監房資料館は国立療養所・栗生楽泉園(群馬県草津町)に隣接している。
講演会の演題は「日本社会の『人権課題』について考えてみよう~『ハンセン病問題』への誘い~」。ハンセン病について「かつて、我が国では『癩(らい)』と言われた病気で、日本書紀にも出てくる」と述べ、国津罪(くにつつみ=神話の中の罪)として①血のけがれを起こす行為・存在②身体的異常によるけがれ――などを挙げ、「仏教伝来以前の日本では、けがれ、罪、天災は因果論によって不可分の関係にあり、厳密には区分されていなかった」と説明。この中の①には女性・と殺・武士、②には障がい者・病者(らい)・老人・子ども・外人などが該当するとされた。
現在のハンセン病に関する常識は▽らい菌による慢性の感染症▽感染症だが、現行の衛生・栄養状態では、ほぼ発病しない▽特効薬もあり、完治する――だが、今なお「人権問題がある」として誤った認識から、▽遺伝病ではない▽結婚も当然できる。子どもも産める▽普通に付き合える▽ハンセン病療養所に入所している人は、とっくに治っている(元患者・回復者)▽病気の後遺症がある普通の障がい者――といった説明を必要としているとした。
同じ感染症として結核との違いを取り上げた。新型コロナウイルスは当初の第2類から現在は第5類で季節性インフルエンザと同じ扱いだが、結核は今も第2類で、ハンセン病については「第5類にも入っていない。風邪と同じ」とし、「結核は昭和初期には1年間で12万人が亡くなり『国亡の病』と言われた。ところが結核には終生隔離の法律はない。ハンセン病は当時の調査で3万人以上の患者数で、らい予防法に基づき全国に療養所が造られ隔離した。この差は何か。見た目(後遺症による)であり、『癩者』という言葉が使われるほど特別視(差別視)され、国の体面のために1か所に集めて見えないようにした。治る病気であるにも関わらず古里に帰ることができなかった」と当時の政策の誤りを説明した。
こうした歴史的事実を踏まえ、「私たちの当事者意識・人権感覚」「被害者の『沈黙』に気付く感度」などが求められているとして、受講した生徒に「マジョリティー(多数派)とマイノリティー(少数派)といった関係性などによって誰もが被害者にも、加害者にもなる。クラスの中で心の叫びや憂いに耳を傾けてほしい。行動変異に目を向けてほしい。さまざまな困難にどうやって生き抜いてきたか。その証が和光園には残っている。現在は入所者の皆さんから話を聞くことはできないが、実際に訪れることで跡地(歴史的建造物)や展示資料、学芸員の話などから学び、知ることができる。感染症に対する『暴力』に対し、国賠訴訟(元患者・回復者が、らい予防法違憲国家賠償請求訴訟に勝利)など跳ね返す力を知ってほしい」と呼び掛けた。
生徒を代表して生徒会副会長の前原美咲さん(2年)が「講話によって相手を思う気持ちの大切さなど勉強になった。学校や日常生活で生かしていきたい」とお礼を述べた。

