多くの遺体を見、自らの死に直面した宮地さん=八王子市元横山町の会社にて=
東京都八王子市で葬祭業を営む㈱日本典礼グループ㈱雅典礼取締役社長、宮地博三(みやち ひろぞう)さん(66)は、瀬戸内町加計呂麻島押角出身。押角中2年時に、兄の上京に合わせて一緒について行った。立川二中に転入、同中3年時に奄美に戻り大島高校を経て、再び東京へ。18歳から葬祭業一筋という経歴を持ち、2010年には自らが社長の会社を興した。これまで何体もの、遺体と向いあってきた宮地さんが直面した体験を語った。
2019年のある日のことだった。首の寝違えかな?と思うようなキュッとする筋違いを感じた。初めてのことだった。すぐに近所のクリニックに駆け付けたが、症状を伝えると待つ間もなく、すぐに呼ばれた。「心筋梗塞(こうそく)です。救急車を手配したので、すぐに循環器のドクターに診てもらって」と伝えられ、救急車に。
宮地さんは、救急車の中で、同じ病気で亡くなっている友人の監察医務員のことを思い出していた。「そうなるのかあ…。自分の死」。身近な初体験に慌てるかと思ったが「車の中で冷静だった」。天井を見ながら、これまでの幾つもの遺体を思い出す。「人って、こんなに簡単に死ぬんだなぁ。納得して生きてきたんかなぁ、自分の人生。まぁいいか」と達観していた。「あっけなく命は終わる。その覚悟ができた体験だった」
病院到着後、「運がいい」と言われ、即手術。心臓には2本のステントが挿入され、8日間の入院生活を送った。術後は、酒を飲むのも仕事だったが、健康のことを考えるようになって少しは控えたという。タバコは、今は吸わない。が、昨年には、食事をしているときに妻に「人相が悪くなっているよ。瞬きしてない」と言われ、耳鼻咽喉科へ。顔面神経麻痺(まひ)だった。何度、顔を洗っても目に染みた。入院した。
宮地さんは、この二つの体験を経て、コロナ禍後に増えてきた葬儀のあり方で、同社でも家族葬を行うときに親戚や友人に知らせない人たちが多いことを憂う。葬儀は、亡くなった人のことを思って、みんなで一緒に時間を過ごしてお別れする会。「宗派は問わず、式に参加するしないも関係なくぜひ、親戚や友人にお知らせしてほしい」と、葬儀の際には喪主や遺族の方に必ず伝えているという。島では当たり前のことだが、東京では葬式の経験が少なく一度も経験しない人も多いことから、亡くなった人への弔いは大切だと説き続けている。
体調が落ち着いてきたこの頃は、関西押角会や関東安陵会などに出席。関東安陵会は、仕事でもお世話になっていた龍一文幹事長に誘われて初参加。「古里の温かい心に触れるようになる時間がとれるようになった。古里を思う気持ちをいつまでも持ち続けたいと思う」。10月4日には、関西安陵会にも誘われて出かける。
(永二優子)

