近世末期の褒賞文書解読

解読した褒賞文書(手前)について説明する知名町誌専門部会委員の先田光演氏(6日、知名町の町誌編さん室)

独自の債務労働の形見つかる
知名町誌編さん室

 【沖永良部】現在新しい町誌の編さん事業を進めている知名町誌編さん室は6日、町に残る近世末期の「孝子褒賞」(孝行者表彰)に関する史料「孝子・嶋川」褒賞文書を解読した結果、沖永良部島における債務労働について再発見があったと発表した。編さん室の職員は「町誌編さん事業の大きな成果の一つ。さらなる史料発掘に期待したい」と話している。

 「孝子・嶋川」褒賞の史料は、以前から存在が知られており、旧町誌(昭和57年発行)などにも史料の一部が掲載されている。

 今年9月、新町誌の編さん作業の過程で、史料を所蔵する同町在住の嶋川の子孫に確認したところ、良好な状態で現存していることが判明した。

 所蔵史料は▽孝行者・嶋川への褒賞関係文書(明治4年時点)3点▽「孝行米」と記された木札▽琉球士族の家譜の写し▽鹿児島の地方官に関する木簡6点―の計11点。

 このうち、長さ3㍍50㌢の褒賞文書の原文はいままで公表されておらず、今回、町誌専門部会委員の伊地知裕仁氏と先田光演氏の2人が、当時の社会状況を踏まえ詳しく解読した。その結果、嶋川の父・董山が琉球からの移住者であることや、嶋川が米を借りて奉公に出たのち家業を立て直したことが分かった。

 また、「孝行米」の木札は、薩摩藩主・島津忠義公から褒美米を与えられたことを示すもので、現存する例は極めて珍しいという。

 解読した先田氏は「沖永良部島における『ニザ(債務下人)』や『ヤットゥイ(年季奉公)』とは異なる、独自の債務労働の形態を示す記録であり、琉球との交流を知る上で貴重な史料だ。子孫が大事に保管してくれたことに感謝したい」と語った。