京大ホームページで公表された遺骨返還リスト

喜界島に点在する風葬墓・ムヤ(モヤ)=資料写真
京都大学は10日までに、昭和初期に研究目的で奄美群島と沖縄本島の風葬墓から収集した遺骨リストと、遺骨返還ガイドラインをホームページで公表した。このうち奄美群島の遺骨リストは、奄美市笠利町54箱、喜界町47箱、伊仙町27箱の計128箱で、遺骨の個体数は少なくとも360体が保管されている。京大が保管の有無を認めたのは今回が初めて。ただ、持ち出された元の墓に戻すためには情報が乏しく、課題も多い。
遺骨は1935年頃、京大の前身である旧京都帝国大医学部が持ち出したとされる。収集は、研究にあたった清野謙次教授の著書から明らかになっている。
遺骨は数個体ずつ箱に収められ、今回京大が認めたリストには奄美群島128箱と沖縄本島を合わせた計154箱(少なくとも466体)を記載。リストには、保管箱ラベルや収集時期、地名や個体数などは記されているが、個人を特定できる遺骨は今のところない。
奄美群島は、笠利町が手花部3箱9体、宇宿27箱62体、万屋12箱25体、笠利6箱17体、用4箱9体、平3箱11体の計54箱133体(一部箱が重複)。喜界町が中里1箱3体、赤連3箱7体、坂嶺1箱2体、大朝戸9箱13体、塩道19箱45体、小野津8箱34体、花良治6箱26体の計47箱130体。伊仙町は25箱92体、面縄1箱4体、地名不明1箱1体の計27箱97体が記載されている。
返還ガイドラインでは希望があった場合、民法上の祭祀(さいし)承継者に返還する。個人が特定できない遺骨については、「由来地である地方公共的団体から移管の要請があった場合は、協議に応じる」としている。
喜界町では、同町議会議員の良岡理一郎さんが2022年から京大総合博物館に対して質問状を送るなど、問い合わせてきた。良岡さんは、情報開示したことについては一定の評価はしているものの、「京大からの謝罪はまだなく、喜界町の人間としては先祖の威厳を守れない」と指摘。移管先も公共団体だけに限られるように見え、持ち出した墓を特定できない遺骨を誰がどのような形で受け入れていくのかといった課題も多く、「町がどのように対応していくのか。議会でただしていきたい」と話す。

