天城町の壽山さんが歴史資料を寄贈

祖父の卒業証書等を寄贈する村松さん、右は資料室長の長谷川名誉教授


寄贈された第1回の卒業証書


壽山みつ子さん

戦火逃れた1世紀前の卒業証書、卒業アルバム
国士舘大学・柴田会舘で保存活用へ

 【東京】受験シーズン真っ盛りの中、徳之島から東京都世田谷区の国士舘大学へ大きなプレゼントがあった。同大学の前身である、旧制国士舘中学校の第1回卒業証書と当時の教育環境を伝える卒業アルバムが贈呈されたのだ。約1世紀前のそれらは大学側に現存せず「大変貴重なものだ。大切に保管したい」と大学資料室は感謝のコメントを寄せている。

 壽山(すやま)豊良(とよよし)さんの卒業証書などを大切そうに持参したのは、孫にあたる村松寿代さん(56)。天城町の実家で古い手紙などと共に、2020年頃に見つかったという。「壽山家は古文書などを大切に保管している家系であり、そんな中から見つかった」と村松さんは発見の経緯を語る。色あせた卒業アルバムは歴史の重厚感を漂わせ、とても捨てがたいものだったようだ。

 早速、母・壽山みつ子さん(85)らと相談したところ「継承者がいなくなれば散逸してしまう。それならば大学へ戻すのが一番」と結論。大学に問い合わせると第1回卒業アルバムなどの所蔵はなく歴史的な資料としての価値を知ることになり、資料寄贈となった。同大法学部教授で東京喜界会・森田悦史会長も立ち会った。

 村松さんは大学に来校し創立者・柴田徳次郎氏にまつわる「柴田会舘」へ。1902(明治35)年、奄美で生まれた豊良さんは、上京して国士舘中学校で学んだ。卒業後は日本大学へ進むも中退。後に国策で戦火の南洋ミクロネシア・ロタ島へ赴任。製糖工場で働いた。「英語が堪能だったので、事務的な仕事をしていたと思います」。終戦を同地で迎え、妻と4人の子どもと共に徳之島へ。「命からがら引き上げてきた時に、卒業証書も一緒に持ってきたのでしょう」。孫は、祖父のいた南国の地へ思いをはせる。

 同大学の国士舘史資料室によれば、当時、旧制の私立学校では編入学も珍しくなく、中学校(5年制)の創設時は1学年15人、2学年17人のスタートだったという。「壽山氏は、1926(大正15)年4月に他校から本中学校の第4学年に編入。その後、28(昭和3)年3月に第1回の卒業生となった」としている。資料室事務長の熊本好宏学芸員は「国士舘は空襲で多くの資料が失われただけに、とてもありがたい」と感謝。国士舘中学校の第1回から3回生には、大島郡から毎年2人ずつの卒業生が記録され、徳之島から上京して学んだ生徒も確認できるという。

 また資料室長の長谷川均名誉教授も「大変貴重な資料を寄贈していただいた」と謝辞を述べた。家庭に眠る歴史資料の在り方に一つの示唆を与えたようだ。豊良さんは64歳で亡くなったため「会ったことはなく、祖父のことは母から聞いているだけ」という村松さんだが、寄贈により自らのルーツに触れた。それらは個人の歴史と共に、近代日本が歩んだ軌跡そのものでもある。豊良さんの学習の痕跡が、徳之島から遠く離れた東京へ戻って来た。「おじいちゃん、確かにここに預けたよ」と村松さんはにこやかに語った。