奄美各地で合同慰霊祭・追悼式

合同慰霊祭で戦没者の霊に祈りをささげる遺族(15日、奄美市名瀬のアマホームPLAZA)

終戦記念日に恒久平和誓う
安田市長「未来への継承が責務」

 1941年に始まった太平洋戦争の終戦(45年8月15日)から80年となった15日、奄美群島の各地で戦没者慰霊祭や犠牲者追悼式が営まれた。参列者は、戦争末期に本土防衛の最前線となり空襲などで命を落とした民間人や、愛する人を古里に残し、異郷の地で若い命を散らした祖先へ万感の思いで手を合わせた。

 奄美市名瀬のアマホームPLAZA(市民交流センター)で行われた「奄美名瀬戦没者合同慰霊祭」(同市主催)には、遺族や関係者約100人が参列。喪服姿の遺族らは、古い写真や形見を手に祭壇に向かい、涙を浮かべる人の姿もあった。

 午前11時40分から始まった式典では、拝礼し国歌斉唱。正午のサイレンで参列者全員が1分間の黙とうをささげた。

 安田壮平奄美市長は「奄美市は、名瀬市街地の約90%が消失する悲惨な体験をした。記憶を風化させることなく、未来へ継承していくことが責務。恒久平和を願い、〝しあわせの島〟の実現に向け取り組む」と追悼の辞を述べ、不戦を誓った。

 参列した龍郷町の80代の姉妹は「父は、原爆が投下された長崎で遺体を処理する仕事に就いていた。2次被爆となり、被爆者健康手帳を所持していた。少しでも平和に向かってほしい」と話した。

 28歳の兄がフィリピンで戦死したという奄美市の長田ミホさん(91)は「笠利町屋仁の慰霊碑に名前が刻まれている。遺骨は戻ってこなかった。戦争の悲劇を2度と繰り返してはならない」と悲痛な思いを口にした。

 式典終了後、一部の参列者は同市名瀬のあかさき公園近くに設置された慰霊塔を訪れ、鎮魂の祈りをささげた。