参加者を前に熱く語る泉二さん
泉二さんが語る激動の半生に耳を傾ける出席者
【東京】東京奄美会(宮地正治会長、泰良宗男幹事長)はこのほど、品川区立総合区民会館きゅりあんで中央区銀座の呉服店「銀座もとじ」の創業者・泉二(もとじ)弘明会長(75)を講師に「2025年度文化講演会」を開催した。会場には約190人が詰め掛け、泉二さんの駆け抜けた熱い半生に耳を傾けていた。
同会は「銀座で夢の実現!『地方から世界へ、銀座から文化を発信』」と題したもの。勝光重文化広報部長の主旨説明、宮地会長、赤崎広和奄美市東京事務所長のあいさつに続いて、泉二さんが拍手の中、笑顔で登壇した。龍郷町で8人きょうだいの7番目として生まれた泉二さんは、「何でも手作りの環境で育った。地域に土俵があり、遊び場。勝ち抜き戦の3人目で、まわしが外れて負けました」とプロジェクターを示しながらユーモアを交え語りだした。
中学時代にテレビで見た東京オリンピックのマラソン選手に憧れ、東京の大学へ。箱根駅伝を目指した。だが、入学後に腰痛で入院、夢は閉ざされた。そんな時、「何気なく手にした父親の形見、大島紬を通し、古里に思いをはせ着物で生きていくことを決意。やるからには日本一の着物屋さん、銀座で店を持ちたい」と決心。お金を貯めようと取り組んだのがちり紙交換。「何度も駄目かと思ったが、目標がある。1年で300万円貯めよう。一番の敵は自分だ」と言い聞かせ奮闘した。
医師会の協同組合で勤務したことで、その経験を生かし「業界では画期的な『きものカルテ』を形にでき、お客様への感謝を伝えられた」。また、養蚕(ようさん)農家への意識改革も進め「自分の育てたカイコが形になったのを初めて見て涙が出た」と感謝されたという。百貨店と自らを「象と蟻(あり)」と例えた銀座での闘いを制し、ついには「日本初ということは世界初」の着物専門店となったエピソードを紹介。「自己表現の最大の武器」と着物への思いを語った。
現在、店舗は2代目の啓太さんに受け継がれている。「着物文化の美と精神を伝え続けた42年と195日。数字を並べるとフルマラソンの距離のよう」。夢に向かいひた走った日々を振り返り、大きな拍手を浴びていた。その後、参加者と記念写真に納まった泉二さんは懇親会でも各郷友会関係者と懇親。着物の話題などで盛り上がった。

