「樺島資彦さんが残したもの」トークイベント(伊仙町教・いせん寺子屋講座)=15日、同町阿権「前里屋敷」
同時開催した「樺島資彦さんが残したもの」特別展=14日、「前里屋敷」
【徳之島】「故郷である徳之島や、愛する教え子たちの未来を守るために…」――。太平洋戦争終戦直前の1945(昭和20)年5月25日、25歳の若さで沖縄の空に散った元亀津小教員、樺島資彦さん(伊仙町出身)が「残したもの」のトークイベント(伊仙町教委・いせん寺子屋主催)が15日、同町阿権の前里屋敷であった。学級経営指針や出撃前の遺書など資料をひも解きながら教育者としての人柄と決意に思いをはせ合った。
樺島さんもモデルにした「特攻隊ミュージカル『流れる雲よ』」徳之島公演(13・14日、天城町)に連動させた伊仙町教委・いせん寺子屋講座の一環。定員超の約40人が来場。町誌編纂室の松岡由紀室長をコーディネーターに▽同ミュージカルの発起人で企画・プロデュースも手掛けた俳優の池田恵理さん(32)▽特攻隊戦没者慰霊顕彰会の藤田幸生会長(82)=元海上自衛隊幕僚長▽樺島さんの遺書など資料調査に協力した靖国神社権禰宜(ごんねぎ)の野田安平さん(63)▽父・白河部定氏が樺島さんと鹿児島師範学校の同級生で冊子『或る特攻隊員の死』を残し、自らも平和活動を続ける元学校長・白河部健(つとむ)さん(76)が講演した。
俳優の池田さんは、樺島さんの遺族が保存していた遺書など資料を預かって靖国神社に解読などを依頼するなど奮闘して徳之島初公演実現に漕ぎつけた経緯なども紹介。野田さんと白河部さんは樺島さんが残した学級経営案や出撃直前の遺書などに思いをはせつつ解説した。
教育者像では「〝教児一体〟の理念を掲げて児童たちに寄り添う教育の実践は、軍国主義の風潮下では異例。強い信念を示している」。特攻隊への志願は「故郷である徳之島や、愛する教え子たちの未来を守るために、自らの命を捧げる決意を固めていたことが読み取れる」とも考察した。
質疑で聴講者(80歳代)の一人からは「終戦の直前、亀津小学校と伊仙集落の上空をそれぞれ旋回してから南に向かった特攻機の話を聞いたことがある」などの紹介もあった。
会場の前里屋敷では13~15日にかけて樺島さんの遺書など資料の展示会も実施。引き続き寄贈先の町歴史民俗資料館での展示を検討するという。

