「笠利にある歴史遺産」

手花部~赤木名地区間にある「道の島古道」再整備に取り組み、モニターツアーを計画しているNPO法人道の島古道協議会の伊集院晋副会長(左)と会員の川畑榮さん

手花部津代から赤木名間古道再整備
認知度向上へ 来月7日にモニターツアー

 奄美市笠利町の手花部津代(つしろ)の山中には、町の中心地・赤木名間を結ぶ古道(こどう)がある。先史時代の遺跡やグスクといった多くの文化財が同町には存在するが、こうした「歴史遺産の一つ」として古道に関心を持ってもらおうと、NPO法人道の島古道協議会(高井直人会長)はルートの再整備に取り組んでいる。

 古道の歴史的価値に着目し、存在を明らかにしたのは笠利町の埋蔵文化財調査・考古学研究に長年取り組み多くの功績を残した、奄美市立奄美博物館元館長の中山清美氏(故人)。同会副会長(事務局長)の伊集院晋(すすむ)さん(69)、会員の川畑榮さん(67)によると、三つのルートがある古道を中山さんが完成させたものの、松枯れ被害などによって樹木が倒木し古道をふさぎ、草木が生い茂ってジャングルのような状態だったという。

 今年3月に立ち上げた同協議会。伊集院さんは「古道の存在を地元の人々に知ってもらい、認知度を高めたい。モニターツアーなどのイベントを通して古道の歴史的な価値を次世代の子どもたちに伝えたい」として歩行できるように再整備。古道は手花部~赤木名間の山中(標高72㍍)にあるが、津代又(つしろまた)から大島北高校のグラウンド側(赤木名口)の約700㍍、万歳(ばんざい)峠から津代又の約280㍍と二つのルートを安全に歩けるようにした。さらに三つ目のルートとしてトフル(風葬墓跡)口から万歳峠までも開通に向けて倒木の除去や草刈りなどに取り組んでいる。

 同協議会によると、「道の島古道」としている古道は、道路ができる前には地元の人々が利用。「黒糖の百貫樽(ひゃっかんたる)を通した」との言い伝えがあり、藩政期には津代港が黒糖の積み出し港・風待ち港として栄えたとも伝わっているという。さらに地形や周辺にグスクがあることから「中世城郭の跡もあるのではないか、赤木名城(国史跡)ともつながりがあるのでは」と推察されているという。

 「眺望もいい古道を実際に歩くことで歴史遺産として認識してもらえたら」(伊集院さん)と今年4月27日に1回目のモニターツアーを行ったが、ガイドと一緒に巡る2回目を来月7日(雨天時は14日)に計画。参加者を募集中で、午前9時~正午に開催するが、看板がある万歳峠が集合先。参加費は500円(大人1人あたり)。万歳峠~津代又~赤木名口の二つの古道ルートを歩いた後、2種類のコース(代官所跡などがある赤木名地区巡り、前島家の古墓がある友恵(ともえ)神社コース)を選び、徒歩で万歳峠に戻り解散となる。「ツアーに参加することで郷土の特色ある歴史が学べる」として多くの参加者を募っている。

 また、NHK大河ドラマ「西郷どん」「篤姫」などの時代考証を担当した原口泉氏(歴史学者、鹿児島大名誉教授、志学館大教授)による講演会も来年2月26日に赤木名中学校で計画している。

 12月7日古道モニターツアーの当日連絡先は電話070・5539・0248(高井会長)まで。