玉城字の歴史文化知る

6本足の高倉を見る子どもたち(5日、和泊町玉城字)

 

 

 

和泊町手々知名育成会 戦時中の様子説明も
子どもたちがバス旅訪問

 

 【沖永良部】和泊町手々知名育成会による「バス旅in玉城字」が5日、同町玉城字であった。手々知名字に住む児童生徒14人が参加。定期バスに乗って玉城字を訪れ、歴史や文化を伝える場所を歩いて回った。

 郷土について理解を深めようと開催。この日は、バスで玉城字に到着後、同字在住の前幸貴(すすめ・ゆきたか)さん(74)の案内のもと▽世之主加那志御館跡之碑▽6本足の高倉▽戦没者忠魂碑▽水神の碑▽はまどぅるめー(台所)―の5か所を見て回った。

 世之主加那志御館跡之碑は、沖永良部島を統治した世之主が最初に館を構えた場所で「フバドー(ビロウの茂っていた地)」と呼ばれており、前さんは「文献上では最古の史跡と思われるが、伝説しか残っていない」と説明した。

 6本足の高倉では、使用していた当時のことを振り返った押タケ子さん(90)が「父親が高倉に入り、私と母親が下からおコメを持ち上げて渡した」などと話した。

 公民館敷地内にある戦没者忠魂碑では、前田アイ子さん(90)が戦時中の様子を説明。「空襲警報が鳴ると、すぐに防空壕に逃げた」「昔はかやぶき屋根だったので銃撃で燃えた家もあった」などと語った。

 最後に、釜炊きの台所を残す安田克彦さん(73)宅を訪問。子どもたちは、昔の屋敷や暮らしぶりを聞きながら、釜で炊いたご飯をおいしそうに味わっていた。

 和泊中1年の沖田和花さん(12)は「戦争の話は怖くて泣きそうになった。私の住む手々知名字にはないものもあったし、知らないこともあって楽しかった」と話した。