ヒトと害獣〝攻防の歴史〝

松枯れ倒木などで破損され「逆効果」指摘が絶えないイノシシ侵入防止柵(左は天城町資料写真)=25日、徳之島町手々で

侵入防止柵破損で逆効果
徳之島の場合 時代越えて課題伝える

「猪は大島本島及び徳之島に棲(せい)息し、以前は山林原野の広大なりしと狩猟者多かりし等に依(よ)り農作物に被害を及ぼすこと少かりしが、最近に至りては狩猟税高き為狩猟者減少し、畜犬税のため飼育犬すくなく、之(これ)と同時に年々森林は伐採せられ、原野は人口増殖にともない開墾せられたる為、猪の跋扈(ばっこ)甚だしく甘蔗(サトウキビ)、甘藷(サツマイモ)其他林産物等に及ぼす被害は四萬余円に達す―」

 徳之島町誌叢(そう)書「徳之島町域『農村調査』報告集―鹿児島高等農林学校学生調査―」(今年1月発行)。同農林学校(現鹿児島大学農学部)学生が1927(昭和2)年2月にまとめた調査報告書の一部、イノシシ被害のデータは25(大正14)年4月の調査(ほぼ原文ママ)だ。95年前のヒトと害獣の苦闘の歴史を克明に伝えている。

 同報告ではさらに、「由来平地に乏しき本島に在りては、主に山林原野を開墾して甘薯並びに甘藷を栽培するの状態なるが、猪の襲来を防除する為に全園の周囲に木柵を作造せざれば収穫する事能(あた)はず。農家は此の労力と費用に堪へず。(中略)本郡の実情を見て急務たるに依り、此際(このさい)害虫駆除予防法を適用し之が適当なる駆除方法を講ぜざる可(べ)からず」と施策も訴えている。

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 奄美群島では昨年以降イノシシの出没エリアが拡大し、農作物被害が深刻化している。群島全体の被害額は調査中だが、南大島農業共済組合によると、徳之島地区のみの2019/20年産サトウキビの同食害への農業保険の認定筆数は127筆(うち全損49筆)の計2673㌃。前期比でじつにプラス1517㌃に倍増。徳之島町が2061㌃と突出し、天城町432㌃、伊仙町180㌃(額は査定中)に上った。

 しかし同島3町の同農業保険(キビ共済)加入率は約38%、面積率約41・7%。「実質的な被害はその5、6倍以上では」の予想も。現に、南西糖業㈱の調査では徳之島町のイノシシ被害面積は約1万2923㌃(収穫面積の約11・9%)と推計。操業史上「最悪の可能性が高い」という。

 被害は特に町北部地区が深刻だ。同町金見の農業男性(76)は「食害は毎年30%。今年のように全滅(全損)になっても過去の収穫実績の平均比しか補償がない」。山間部と中山間農地や集落を仕切る〝外堀〟的に張り巡らせた侵入防止柵(さく)も「倒木などによる破損部の補修に手が回らず、網を抜けたイノシシが水田跡の荒廃地にすみついている」と指摘する。

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 イノシシ侵入防止柵(高さ約140㌢、網目10㌢)は、国県の鳥獣被害対策事業で、徳之島町では11~14年度に延長97・3㌔、天城町は12~14年度に約90㌔設置した。機能維持の保守管理も地元に委ねられているが、松枯れ倒木などによる損傷も多発。その結果「破損か所や網の下をかいくぐって里に下りたイノシシが、今度は山に帰れず、農地や集落近くにすみついて繁殖している」などの指摘は、地元行政・糖業関係者のほぼ共通した見解となっている。

 一方、自主管理面では、地域の農家の高齢化や担い手不足など、地域が抱える構造的問題も立ちはだかる。

 もはや、外堀が埋まった形のイノシシ侵入防止柵。県希少野生動植物保護推進員の男性(63)は「そもそも渓流・河川部には設置できず効果は薄いと思っていた。柵(金網)の放置は生態系に悪影響を及ぼす」と逆効果を指摘。海岸線への出没には「遅れ気味だが、ウミガメの産卵上陸シーズンにある。イノシシが卵の味を覚えてしまわないだろうか」と危惧する。

 被害多発を受けて昨年12月天城町であった「徳之島におけるイノシシ被害対策研修会」(県など主催)。県鳥獣被害対策アドバイザーの塩屋克典氏は、野生獣と人間の攻防の歴史をひも解きながら、「イノシシが里に下りて来るのは『山に餌がないから』はうそ。労せず平地で農産物の味をしめたのが原因。集落の餌場化を防ぎ、侵入防止柵も張りっぱなしではだめ」とも提言していた。

 冒頭に引用の約95年前の調査報告にみる〝ヒトと害獣の苦闘の歴史〟。個別ほ場対策の電気柵やセンサー付き箱わなの導入、狩猟免許取得助成など対策の手法は違えど、時代を越えて課題を伝えている。全国有数の離島県鹿児島の知事選。離島へき地の苦悩にも細やかに気配りのできる候補に1票を投じたい。
 (米良重則)