「入れ歯を磨く」習慣を

「入れ歯を磨く」習慣を

デンチャーブラシで「入れ歯を磨く」習慣を広めたいと話す福留社長

 

 
健康寿命延ばす発想の転換
世界発信、新商品開発も
「デンチャーブラシ」

 

 鹿児島市の㈲アジャスト(福留博文・代表取締役)が画期的な入れ歯磨き器「デンチャー(入れ歯)ブラシ」を開発した話題を2年前の10月に記事で取り上げた。本紙にも問い合わせの電話があったと聞く。長寿高齢化が進む奄美だけに関心の高い話題だったのだろう。

 その後、デンチャーブラシはMBC南日本放送が番組で取り上げたり、県発明協会の会長賞などいくつかの賞も受賞した。入れ歯を磨くのに従来は歯ブラシのようなものを使って手を動かして磨いていたのが、ブラシを固定し、入れ歯を動かすという逆転の発想がユニークで斬新だ。

 歯科技工士の福留社長は入れ歯作成が本業。以前、福祉施設を訪問した際「手の不自由な男性が、歯ブラシでただつついているだけの姿に涙が出そうになった」のがブラシを作りたいと考えるきっかけになった。

 手先の鈍った高齢者にとってブラシを使った細かい手作業は困難である。ならばブラシを固定し、入れ歯を回すことで解決できないか。福留社長がアイディアを思いついたのは10年以上前のこと。出来上がってみればちょっとした発想の転換だが、作り上げるまでには相当な時間がかかった。

 何より難しかったのは植毛である。入れ歯の形状に合わせて、円形にブラシを配置するが、ブラシに必要な毛束は大量かつ繊細な加工が必要になる。全国各地のメーカーを訪ねては断られる日々が続いた。歯ブラシなど介護用品を製造・販売を手掛けるファイン㈱(東京)が開発に協力してくれたことで、ようやく開発が前進した。製法特許も取得し、販売がスタートしたのは17年の9月。人の役に立つものを作りたいという想い、困難を経て生み出された発明…かつてNHKで放送された「プロジェクトX」やTBSドラマ「下町ロケット」の世界を見ているような気持になった。

 あれから2年近くが経ち、その後の反響や売れ行きなどがどうだったか聞きたくて先日、福留社長を訪ねた。発明賞なども受賞し、さぞかし爆発的なヒット商品になったかと思いきや「ものを売る難しさを感じています」と福留社長。いいものを作ったからといって売れるとは限らない。この10年間は職人としてものを「生み出す」「作る」難しさを体験したが、今は「売る」難しさに直面している。

 様々な要因が考えられるが、一番は「入れ歯を『磨く』習慣が浸透していないこと」が挙げられる。長年染みついた習慣を変えることは一筋縄ではいかない。それでも福留社長が「入れ歯を磨く」ことにこだわるのは、口腔内の健康を保つためには入れ歯を清潔にすることが不可欠という信念があるからだ。

 厚生労働省の統計では日本全国で1400万人あまりが部分入れ歯も含めた入れ歯の使用者という。日本人の死因第3位は肺炎で、その約7割は口腔内から誤って雑菌を吸い込んでしまう誤嚥性とされる。それを防ぐためにも、入れ歯はきちんと磨いて清潔に保つ必要がある。「磨かなければ清潔さを保てない」のが福留社長は長年の経験で身に染みている。

 デンチャーブラシが優れているのは、入れ歯をはめて数回回しただけで70%近い汚れが除去できる点だ。回数を重ねれば、100%に近い除去も可能と県の工業技術センターと共同で実施した実験でデータがとれている。手先の弱った高齢者でも簡単に扱えて、更には手先で回すという作業をすることが認知症の予防にもなる。

 現在、福留社長は営業の傍ら、入れ歯を磨く習慣の大切さを伝える啓蒙活動を続けている。高齢者福祉施設や老人クラブなどの様々な場所で講演、実演し「磨く」大切さを説いて回る。ある高齢者福祉施設では入居者の必携品としてブラシの購入を義務付けたところがある。磨く大切さを理解すると同時に、経営者としての合理的な判断に基づくものでもある。入居者が肺炎などを起こして別の病院に入院すれば、ベッドが空き、その期間の介護保険料が支払われない。それを防ぐためにも口腔内の健康を保つことに着目した経営者の先見の明だった。

 今年2月に営業で奄美市を訪れた際には、奄美和光園に常駐する歯科技工士、衛生士がブラシの発想に感銘を受け、奄美市の医師会を紹介し説明に出向いたこともあった。

 国内に留まらず、シンガポール、ドバイ、中国広州などアジアを中心とした世界でも介護福祉品の見本展などに出展し、世界発信で入れ歯磨きの習慣を広めていこうと精力的に動き続けている。ブラシも改良を進め、再び発想を転換し、ブラシの方を電動で動かす新商品も県内のメーカーと開発し販売する予定だ。現在、奄美も含む県内ではカクイックスウイングで販売されている。問い合わせはアジャスト販売事業部(電話・099―802―4024)まで。「入れ歯を磨く」という習慣を広め、これから進む長寿高齢化社会で健康寿命を延ばす壮大なプロジェクトを鹿児島から始めていこうという取り組みに今後も着目したい。
                                            (政純一郎)