新時代あまみ 共生を問う=中=

鹿児島大学国際島嶼教育研究センターでは被害果樹園の調査研究に取り組んでいる(福元地区で)

科学的視点からの対策を
食害と農業

 アマミノクロウサギ食害対策実証事業委託料。徳之島町の2019年度一般会計当初予算の自然環境保全事業費で初計上された。

 「正直言って、われわれ農家にとってのクロウサギは害獣でしかない」という声も出るほど同町では山すそにあるタンカン園を中心に、クロウサギによる食害が深刻化。根元付近の樹皮がかじられることで、幼木が枯れてしまう被害だ。徳之島では以前からサトウキビの新芽食害が問題視されてきたが、これにタンカンの樹皮食害も加わった。対策予算を計上した同町はまずモニタリング調査で被害状況も収集し、専門家の助言を求め「保護と地域農業の両立」を目指す。

 国の特別天然記念物であるアマミノクロウサギによる農業被害。林道等でのロードキル(輪禍死)発生が繰り返されるなど依然として絶滅の恐れはあるものの、関係機関などによる保護活動が実り、近年はクロウサギの生息数がやや回復しているとされている。世界自然遺産登録に向けたシンボルとも言える貴重な固有種の保護と、農業経営の両立に向けた模索もまた共生への問いだ。

 ▽実態変わらず

 タンカン樹皮や葉の食害が最初に表面化したのは昨年2月。奄美大島の大和村にある福元地区の果樹園での被害だった。標高260~420㍍のところに果樹園があり、約20人の農家が入植しタンカンを栽培しているが、地区面積約70㌶の中に大規模果樹農家も存在する。盆地特有の寒暖の差、晴天時は朝から晩まで日差しが遮られることのない日照条件の良さといった地形がもたらす恵みのほか、「新たに苗木を植える場所があり、面積を拡大できるのも福元に入植した農家にとって魅力」となっている。

 量の確保、品質の安定で将来にわたってもタンカン産地として有望とされている福元地区。そうした中でのクロウサギ食害は農家の不安材料として横たわったままだ。

 「被害の実態は昨年までと何ら変わらない。クロウサギ被害も鳥獣による農作物の被害状況調査の対象となり、調査が進められたが、評価方法が占有面積に変わったことで数字的には小さくなっている。だが、被害は抑制されておらず、むしろその範囲は広がっている」。JAあまみ大島事業本部果樹部会の部会長で、同地区でタンカン栽培に取り組む大海昌平さんは訴える。

 根元から60㌢の高さまでよじ登ったり、防護柵を飛び越える様子も目撃したという。大海さんの果樹園には樹皮をかじった歯形がくっきりと白く残った樹や、鋭い爪の跡が刻まれた樹も。被害を示す傷に対し、すぐに塗ったら有効という癒合剤を何度も使用したのだろう。まるでケロイドのような光沢のある色へと変色した樹木もあった。

 新しく植えたのに被害が相次ぎ、数百本も植え直したという苗木。周辺に3本の支柱を立て、苗木の高さまで透明のビニールを張り巡らしての対策を試みている。透明のため日差しが遮断されることはない。だが、ビニールが裂けることがないよう機械による草刈りには注意が必要だ。苗木を食害から守り、果実をつける成木になるまで育てなければ農家は収入を得ることができない。

 「例年11月の終わりから出没し、3月いっぱいまで被害が続く。ちょうど収穫の時期と重なる。被害を確認する見回りや、癒合剤を塗るなどの対策に追われ、収穫やせん定作業に支障が出ている」(大海さん)。

 ▽解明されず

 鹿児島大学国際島嶼教育研究センター奄美分室では福元地区の被害果樹園に自動撮影カメラを設置するなど調査を進めている。電気柵を使って園地からクロウサギを遠ざける実験も行っている。柵を飛び越えたり、下からくぐり抜けたりすることから、どの高さなら効果があるか思案中だ。また、電気柵の周辺に草が生えて接触すると漏電してしまうことから除草剤を周辺にまくことも必要になっている。なによりも電気柵を施してもクロウサギの鼻に電線が触れないと効果がないという課題がある。「電気柵も抑止効果ていど。対策として完璧ではない」。こんな声が農家から挙がる。

 国の補助の対象となっているイノシシの防護ネットを取り入れ、電気柵と防護ネットの二重対策を施している果樹園もある。だが、これも効果は未知数だ。

 なぜ夏場は被害が出ず冬場から春先にかけてなのか、なぜ下草が多い果樹園でかんきつの樹の皮を好むのか――。クロウサギの生態と被害との関連性は解明されていない。奄美両生類研究会員でもあり、生き物やその生息環境の保全に関心が高い大海さんは、分室の調査研究に率先して協力している。

 「クロウサギの生息に影響が出ない対策を施していくには、生態を押さえることをもっと優先すべきではないか。島嶼研の分室だけでなく多くの専門機関が関わり、生態とタンカン被害の関連性を明らかにする調査研究が進めば、クロウサギが嫌い遠ざかる忌避剤(対象動物の臭覚や味覚による趨化性を利用したもの)の開発も可能になるのでは」。大海さんは提案する。

 奄美大島や徳之島で拡大が懸念されているタンカンの食害。クロウサギも農業も共存できる効果的な対策方法を早急に確立できなければ、最悪の事態と言える「自然と産業の対立」を招いてしまう。県大島支庁は地元自治体や農家、環境省などと連携した対策会議を立ち上げたが、福元地区の被害状況を受けて大和村はすでに事業を活用しての対策を進めている。

 こうした取り組みを参考に各自治体は専門家に調査研究を委託して科学的な視点(忌避剤やかく乱物質の研究開発)からの対策に本腰を入れるべきだ。共生への問いに地域の関心が拡がらない限り、共存の道は見えないだろう。