大島北高校 聞き書きサークル活動

区長の伊添正人さんと、山下さんの漁の話に目を丸くして聞き入る生徒たち


屋仁のブランド「たーまん」。並木さんは初めて食べて「おいしかった」と笑顔でこたえた

昔の島の暮らしを知ろう

 奄美市笠利町の県立大島北高校(下高原涼子校長)では、「聞き書きサークル」の活動が再開、夏休みの28日、3チームに分かれて校区内のお年寄りを訪ね、聞き取り調査を行った。この日は希望者9人が参加、マイクロバスで赤木名地区、屋仁、佐仁集落を訪ね、お年寄りから昔の暮らしや体験談などを聞き取り、初めて耳にする自分たちの知らない話に驚きながら、熱心に聞き入った。

 同活動はコロナ禍で、昨年は中止になったが、取り組み始めて8年、今年で7回目の活動となる。生徒が地元のお年寄りを訪ね、海や山にまつわる昔の思い出を聞き取り、島の昔を知る。同校OBで考古学者の故・中山清美氏が発足させ、生徒らを指導しながら行ってきた活動で、聞き書き調査を通し自分たちの住む足元の宝などを生かす地元学の一環として始まった。

 屋仁の山下和久さん(79)を訪ねたのは、大山和也教頭の引率で、田中咲さん、並木花萌さん(いずれも普通科2年)の二人。まず、個人情報の公開承諾を確認し、山下さんは二つ返事で答え、さっそく聞き書きがスタートした。山下さんは前もって受け取っていた質問の答えを、一つひとつ丁寧にノートに書き用意してあった。

 生まれはどこか、という質問に、中国で生まれた話から戦争の話にもなり、生徒たちは全く知らなかった話に驚き、興味を深めていた。

 「海の思い出」の質問に、追い込み漁の話が出「子どもたちも働き手で、アダンの葉のついたロープを使って魚を追い込み、それを待っている板付け船の漁師たちが網で引きあげる。朝から始まり、休憩もあまりなく、それでも、一人分の分け前がもらえた」と山下さん。蒲生崎から魚の群れを見つけ旗を振って場所を支持する人、船主、網主、食事を用意してくれる人、参加した人みんなで、収穫された魚を分けるなどの話が、次々に飛び出した。また、山の思い出話では、学校帰りにキノコを採って、家のお土産にした話など、今では想像できない話に聞き手の生徒たちは目を丸くしていた。

 思い出の味の質問が出ると、会場を提供してくれた朝野平三さんの妻の道子さん(64)が用意してくれた「ふなやき」「たーまん」が振る舞われ、「ふなやきは」屋仁が最初だった話や、屋仁の「たーまん」がなぜおいしいのか、などの話で盛り上がった。

 司会担当の並木さんは「自分が思っていたより知らないことが多くて驚いた。魚の追い込み漁の話が面白かった。水も飲めずに海の上で大変だったんだなと思った」。記録係をした田中さんは「島のことを知っているつもりだったけれど、昔のことを掘り下げると知らないことばかり。赤木名でも聞き書きをしたが、共通点があった。もっと知ることで、自然を大切に残し、伝統文化をつないでいけるようにしたい」と目を輝かせた。