かがやき(上)

前方に海、背後に山が広がり自然に包まれ、穏やかな時が流れているように感じる龍郷町久場集落。集落の集会所内に新たな療育の場が開設された

新規に開設された療育の場

 昨年11月の中旬、訪ねると楽しそうな歌声が聞こえてきた。「きょうは、なぎささんの誕生会。みんなで祝おうよ。11月生まれだよ。ハッピーバースデー、ハッピーバースデー」――。

 就学を控えた年長組(6歳児)の誕生会だった。この日は1人が欠席のため園児の数は8人。「11がつうまれのおともだち たんじょうびおめでとう」と記された移動式のホワイトボードの前に集まった園児たち。主役の女の子が登場すると園児、保育士みんなで拍手。女の子は弾けるような笑顔を見せた。

 「集中することが難しく、じっとしていることが苦手」とされる注意欠陥多動性障がい(ADHD)の特性を持つ女の子。だが、入場して園児たち一人一人とハイタッチする様子、みんなの前に立つ姿もごく普通だ。保育士の進行でまず女の子への質問が始まった。

 質問するのは園児たち。手を挙げて保育士に指名された園児が次々と質問。「何色が好き?」「虹色が好き」、「仮面ライダー見ている?」「わからない。電王見ていた」、「どんな形が好き?」「ハート型が好き」、「好きなものは?」「ラーメンとアイスクリーム。お母さんのカレーライスも」。女の子は落ち着いて答えた。

 質問をして自分の答えを発表する園児も。みんなから笑いが起きた。保育士は言葉を挟んだ。「答えてしまったね」。厳しい口調ではなく諭すように。

 保育士からの質問も加わった。「大きくなったら何になりたい?」「空手の選手。水中バレー」。この水中バレーに関しては同席した母親が説明を加えた。シンクロナイズドスイミング選手のことだそうだ。笑顔を絶やさない女の子ならぴったりかもしれない。

 誕生日のケーキづくりを取り上げたエプロンシアターの最後には、保育士から女の子にワッペンと王冠がプレゼントされた。「やったー」。この日一番の笑顔で飛び上がった。感情表現から女の子の素直さが伝わった。

 絵本『しろくまさんのほっとケーキ』の読み聞かせに続き、実際にホットケーキづくりに園児たちは挑戦。二つのグループに分かれた。準備された材料は卵と牛乳、そして小麦粉やお砂糖、ふくらし粉が入ったホットケーキミックス。ホットプレートが二つ準備された。

 保育士が作り方を説明後に開始。▽容器にまず卵を入れ牛乳とまぜる▽粉状のホットケーキミックスを入れ再びまぜる▽プレートで焼く―という流れだ。「早くまぜたーい」「雪みたーい」「上手だね」「硬ーい」。最初のまぜる作業、ホットケーキミックスの投入、再びまぜる作業といった流れごとに園児たちが感想を発する。

 最後の焼く作業。園児が保育士に質問する。「これなんて言うの?」。保育士が答える。「ホットプレートだよ。熱くなっているからね。火傷しないよう気を付けるんだよ」。丁寧な説明が印象的だ。

 ホットケーキをひっくり返す作業も園児が行う。一度で上手にひっくり返す子もおれば、うまくいかない子もいる。突然、みんなから拍手や歓声があがった。なかなか作業に加わることができなかった一人の園児が、ひっくり返す作業を簡単にこなしたからだ。手先が器用なのかもしれない。子どもたちはさまざまな可能性を秘めている。

 薄い黄色だったホットケーキ。ひっくり返すとほんわりこげ色がついた茶色に。美味しそうだ。「きれいに焼けたよ」「ちょっと見て。大好きなハート型のホットケーキだよ」。園児たちの生き生きとした表情が誕生会の楽しさを物語っていた。

 ▽新たに開設

 訪れたのは、社会福祉法人聖隷福祉事業団(本部・静岡県浜松市)が運営する「聖隷かがやき」。のぞみ園で開設当初から保育士として勤務してきた大山周子さんが、今度は場所を龍郷町に移して児童発達支援に取り組んでいる。

 「かがやき」が龍郷町に開設されたのは昨年6月。奄美市名瀬和光町にある「のぞみ園」を利用する子どもたちのうち、龍郷町から通い利用する子どもが十数人に及ぶなど多いことから、「遠くから通うのは子どもたちも大変。負担を伴う。同様に利用がある笠利町(奄美市)を含めて笠利、龍郷は1カ所で療育できないか」との計画が3年ほど前から持ち上がっていた。

 問題は場所だ。自治体の理解があり龍郷町への開設が決定。将来的には専用施設の建設を計画しているが、当面は既存の公共施設を活用することに。りゅうゆう館の会議室を使っての療育から始まった。ところが公民館講座や自主行事で会議室が使われることもあり利用で時間的に制約を受けることも。公共施設の利用は昨年7月19日から久場集落にある、へき地集会所に変わった。

 「療育の場を新規に龍郷町に開設して、わずか1カ月での場所変更となったが、かえって良かったかもしれない。久場集落の公共施設を利用させていただきありがたい。ここはとても環境がいい。子どもたちが伸び伸びとしています」。大山さんは語った。

 集会所の建物の前方には駐車場がある。りゅうゆう館と同じ。だが、アスファルト舗装のため夏場などの晴天時は強烈な照り返しがあり、日陰もないりゅうゆう館の駐車場。集会所の方は土で、周辺には松の木など樹木がある。緑が身近だ。しかも前方には道路を挟んで海が広がり、集会所内からも見渡せる。風が潮の香りを運んでくる。

 久場集落の世帯数は35。龍郷町内でも小規模集落だ。夫婦共働き、60~70歳代でも働いている人が多く昼間、集落は静まり返っている。区長の岩﨑サダ子さんは語った。「昼間だけの集会施設利用であり、集落行事などの運営に支障はない。静かな集落が子どもたちの声によって活気づいているように感じられる」。

 人の出入り、車両の通行も少ない。聞こえてくるのは波の音や野鳥のさえずりなど自然が生み出す鼓動だ。療育により子どもたちの発達を促す支援は保育士の役割だけでなく、こうした環境もプラスとなっている。
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 「どんなにつらい過去があっても、たとえ大きな挫折を経験したとしても、暗くて長い失望のトンネルを抜けると『あのつらいときがあったからこそ、今がある』と思えるようになります。そのためには、一人で頑張りすぎないこと。仮面をとり、無理をしない自分の状態をキープすることが大切です」。NPO法人えじそんくらぶ代表で臨床心理士・薬剤師の高山恵子さんの共著『ありのままの自分で人生を変える』の前書きにある言葉だ。

 発達障がい児の療育や特別支援教育の在り方で高山さんは「それぞれのタイプを理解し、その子に合わせて対応するのが大切」と指摘する。理解と対応、療育の現場から見えるものを綴る。
                  (徳島一蔵)