新たな就労支援の場

地域にある農家の受け入れ・協力により実現している〝農福連携〟(バジル栽培の手伝い)

地域の農家協力で〝農福連携〟実践
「ここだったら行きたい」目指す

昨年11月、龍郷町大勝に新たな障がい者就労支援事業所が開設された。運営するのは埼玉県出身の田中基次さん(42)。

地元の高校卒業後、田中さんが進学先として選択したのが琉球大学農学部。「暖かいところ、海の近くに住みたい」という南への憧れが後押しした。国立大の琉大一本に絞り受験、「結果に関わらず沖縄に行くつもりだった」田中さん。合格し沖縄での生活がかなったが、大学2年のときバイク運転中の交通事故で1年間も休学。入院し退院に向けて取り組んだのが身体機能などの回復を目指すリハビリ。「こういう仕事があるんだ。面白い」。交通事故というアクシデントに見舞われたものの、患者として感じたことが現在の資格につながる。

大卒後、田中さんは地元スーパー勤務やシーカヤックのガイドに就いたが、28歳のときに信州大学医学部保健学科の社会人選抜に挑戦し見事に合格。ここで作業療法士の資格を得た。リハビリの専門家として目を向けたのが精神科での就労だ。

「身体だけでなく心のリハビリにも取り組みたい」。それはガイド時の体験が根底にあった。

舞台は沖縄の無人島の砂浜。もちろん電波の関係で携帯電話は使えない。「ガイドしたのは都会から来た人々。みなさん疲れ切った表情をしていた。使えないとわかっていても携帯電話を手に取ろうとする」。そんな参加者。やがて大自然の中でシーカヤックを楽しむことで表情が変わった。「みなさん生き生きとし会話も弾むようになった。自然も取り入れた心のリハビリによってリフレッシュできることは新鮮だった」。

作業療法士として田中さんは9年間、沖縄の病院で勤務後、40歳の節目に奄美へ。サーフィンが趣味の田中さんにとって奄美の環境は魅力的だった。奄美市内の医療機関に就職。訪問看護の業務をこなし、就労支援を目的とした事業所へ利用者紹介を重ねながら田中さんはこんな思いが去来した。「もっとダイレクトに、沖縄で身に付けた経験を生かせないか」。田中さんは決意した。「就労支援の場を自ら提供したい」。

開設したのが多機能型事業所。生活訓練(通所・訪問)と就労継続支援(非雇用型のB型)を行っており、今年4月には特定相談支援・障がい児相談支援事業所も開設する。事業所がある場所(加世間又)は豊かな自然に恵まれている。他の施設との差別化にこだわった結果が立地環境だった。心のリハビリには自然が欠かせないからだ。事業所の周囲には太陽の光を遮る建物などがないため、日の出から日没まで一日中陽が差す。樹木や植物など自然しかない周囲には奄美では珍しい水田もある。稲作だけでなくマコモ栽培で活用されている。

現在の利用者は7人(登録)。スタッフは正社員2人にピアスタッフ(精神疾患当事者)1人、4月には園芸療法士が1人加わる。ピアスタッフの存在は大きい。利用する障がい者に対し、より的確なアドバイスができるという。

開設から3カ月。就労支援は地域の農家によって成り立っている。龍郷ファーマーズクラブ(飯田圭太郎会長)が協力しての〝農福連携〟だ。2月に入り利用者は旬の果物タンカンの収穫作業の手伝いを主にしているが、会長の飯田さんがハウスで栽培しているバジルの管理作業の手伝いの様子を見ることができた。

「奄美では虫との闘い」と話す飯田さん。品質の良さから飯田さんが栽培するバジルは首都圏にある有名イタリアンレストランも購入している。「細かい手作業が多いが、手伝ってもらいありがたい」。飯田さんは作業する利用者に温かい眼差しを向けた。農作業を手伝うことで生産が安定すれば、地域振興にも貢献できる。

就労支援では加工品の製造販売のほか、事業所周辺の景観も生かすかたちで飲食店の開設を計画している。「障がいを持った方が、ここだったら行きたい、そう思っていただける事業所を目指す」。田中さんは語った。

まだ生活訓練や就労支援は緒に就いたばかり。さまざまな試行錯誤を経て目指す方向へたどりつけるだろう。そのためにも田中さんは心掛けている。「スタッフも利用者さんも一緒に知恵を出し合って、良い職場になれば」。事業所の歩みが障がい者の就労支援に新たな一ページを刻むかもしれない。
(徳島一蔵)