クルーズ船誘致の波紋

旧陸軍観測所跡跡付近から望む西古見集落の海

瀬戸内町 県への要望再検討へ
説明と対話による総意決定を

 奄美大島の南西端にひっそりと息づく集落、西古見。集落内には野鳥の声と波の音のみが響く。8日に訪れた際にすれ違った観光客は10人足らず。そんな小さな集落が今、世界最大級のクルーズ船寄港地の誘致候補としてあがり、大きな話題を呼び寄せている。

 国土交通省は2020年に訪日クルーズ旅客500万人を達成するため、クルーズ船寄港地の開発に注力する。2017年8月14日に「島嶼部における大型クルーズ船の寄港地開発に関する調査」の結果を発表。寄港候補地の条件は①係留施設の設置水深が12㍍以上②クルーズ船回頭域(直径722㍍の円)が確保できる③静穏度が良い④養殖場がなく、ほかの漁業への影響が軽微⑤環境への負荷が小さい⑥近くに一定のビーチがあるなど観光資源があること―の六つ。条件を満たした寄港候補地として奄美大島と徳之島で9地区が、このうち瀬戸内町では池堂、薩川湾、瀬戸崎の3地区が候補地として挙げられた。

 同町は07年以降、古仁屋港でクルーズ船受け入れを開始。15年には古仁屋港内にクルーズ船の寄港地設置を構想していた。しかし、付近にビーチなどの観光資源があるという国の考えに沿わないとして、調査結果公表に合わせ、池堂地区に候補地を変更し、町単独で調査を行った。

 白羽の矢が立った池堂地区は9地区の中で2番目の静穏度を誇る(1番は薩川湾)。同地区は周囲に養殖場がなく、第一種漁港区域に指定されており、背後地は山。陸域も水域も国立公園区域指定を受けておらず、同町担当者は「操船面、進入のしやすさなどを踏まえてもこの場所ほど良い場所はない」と語る。

 調査結果発表直後の昨年8月15日と、同年9月16日には西古見集落で住民説明会を実施。住民36人中28人の賛同を得たという。集落住民からの陳情書、町内4経済団体からの陳情書を同年12月14日の町議会で採択。同月19日に県知事への要望書を提出した。これについて町側は「あくまで話し合いの土俵に立つために手を挙げただけ。まだ何も決まっていないし、こちらとしても国や県の意見を待っている状態」と答えた。

 同計画を表舞台に出さないままに推進していたのは「土地売買の活発化を防ぐため」と同担当者。実際に誘致の話が明るみに出て以降、同集落の土地を購入しようとする業者からの問い合わせがあったという住民からの報告もあったという。

 しかし、情報が開示されないまま進む計画は様々な不安や憶測を生んだ。今月7日には同誘致反対を訴える団体「奄美の自然を守る会」が発足。町内のUIOターン者を中心とし、インターネット上での署名などを精力的に行う。同署名は2万5千件を超えており、島内のみならず島外の人も強い関心を示していることがわかる。

 同署名のWebページ上には誘致に伴う様々な懸念事項が書かれている。▽自然への影響▽外国人の受け入れ▽雇用が増えるという町側の主張への疑問―など。また、連名で町に陳情書を提出した4経済団体が、押印に際して、総会などが開かれず、役員や会長のみで署名の判断を下したことに対しても不満を募らせる。これについても町側が情報を秘匿しながら進めたことのツケが回ってきたとも言えよう。

 町に要望書を提出した4団体のうち、瀬戸内漁協では16日、奄美せとうち観光協会では22日、総会の場で町による説明会が開かれ、紛糾。大荒れとなった議場で署名の撤回を決定した。4団体による町への要望書が会員らの知らないうちに提出されたこと、要望書の内容や、町側の説明と要望書内容が大きく異なることが、争点となった。この撤回を受け、町側は「原点に戻って考え直したい」と県への要望の再検討を余儀なくされた。

 入込客増、人口増、雇用拡大――。町側の主張の中には人口減少を食い止めることができない奄美の自治体にとってメリットも多いはずだ。しかし、町民に説明が十分になされないままに県への要望書提出が明るみに出たことで、不安を掻き立て、インターネット上を様々な憶測が駆け巡る。一方で、町側が西古見住民や、経済団体に対し、要望書提出を求めた強引な手法も露呈し、町側の進め方に関しての疑念も深まるばかりだ。

 幸いなことに、3月の町議会では同問題についての一般質問が行われる予定で、町民が情報を得る良い機会となる。議会終了後には町による説明会も町内各所で開かれるという。賛否を問わず、町政が町民の意見を離れたところで「町民のため」と水面下に計画を進められるのはフェア透明性に欠ける。説明と対話の上に成り立つ町民総意の意思決定へ踏み出すべきだと思う。

(西田元気)