島を代表する唄者に

島を代表する唄者に

沖永良部島を代表する唄者の前田博美さん

知名町出身の前田博美さん
祖母に感謝 「一番勉強になる」

 【沖永良部】「私に民謡を与えてくれたおばあちゃんに感謝したい」――。知名町出身の前田博美さん(28)は、祖母の綾子さん(80・同町在住)に民謡を習い、今では沖永良部を代表する唄者として活躍している。子どもの頃を振り返り「舞台に立つのは楽しかったけど、歌うことは大嫌いで。島を出たら民謡をやめるつもりでいた」と話す。

 地元の沖永良部高校で3年間を過ごし、部活動に励みながら島唄も続けた。友人のほとんどが島外への進学や就職を決断するなか「将来、島のために何かしたいと考えた時、自分にできることは歌しかなかった」。2008年、沖縄県立芸術大学に進学する。

 大学では古典音楽を学ぶ。沖縄県内から集まった同世代の学生が、自分よりはるかに高い技術で演奏している姿に感動した。半面、自己紹介でのショックが忘れられないという。
 「(同級生が)沖永良部島のことを知らなかった」

 この経験が沖縄と沖永良部のつながりに興味を持つきっかけになる。大学の4年間、本場の琉球芸能に触れて技術を磨き、大学院に進むと「琉球古典音楽(池当節)と沖永良部民謡(イチキャ節)の比較」をテーマに研究した。

 大学院を卒業後は沖縄を拠点に活動の場を全国へ広げている。年に数回は沖永良部へ戻り、綾子さんと夏祭りのゲスト出演や介護施設での慰問ライブも行っている。「島にいた時は、おばあちゃんから民謡を教えてもらったり、昔の話を聞いたりして、いつでも一緒に歌えると思っていた。沖縄で技術は身についたけど、おばあちゃんと歌うことが一番勉強になる」。島を離れて活動する前田さんにとって、2人で歌う時間は貴重なものになってきている。

 前田さんはライブなどに出演時、自己紹介を兼ねて披露する島唄がある。歌のタイトルはない。方言の歌詞の意味は「つらくても泣くなよ 風に笑われる 泣かずに頑張りなさい かわいい孫よ」。綾子さんの祖母から歌い継がれてきたものだ。この歌には、戦争中の不安や生活苦を慰める思いが込められている。「昔からあった歌なのか、作った歌なのかもわからない。おばあちゃん(綾子さん)がいつも歌ってくれた」。

 2月、沖縄県立芸術大学の学生14人による「琉球芸能ふるさと公演in沖永良部島」(会場・知名町あしびの郷・ちな)が開催された。前田さんも卒業生として舞台に上がり、同大学大学院を今春卒業した知名町出身の窪田めぐみさん(24)と共演した。「小学生のめぐ(窪田さんの愛称)が『自分も舞台に立ちたい。どうしたらいいですか』と、私に言いに来たことがある。その子が島唄を続け、芸大に来てくれてうれしい」と喜ぶ。

 「古典音楽の実演家を目指して芸大に入っても、将来出てくるのは一握り」の厳しい世界。音楽を諦める人、別ジャンル(琉球ポップス)に進む人も少なくない。しかし「自分の中心には沖永良部民謡がある」と前田さんは言い切る。

 「沖縄の生活でつらいこともあった。そのたびに島唄を歌った。おばあちゃんが『心の慰みで島唄を歌っている』と言っていた意味が良くわかる」。地元を離れ、地元の民謡の素晴らしさを再認識した。「これからは、民謡を教えてくれたおばあちゃんや先生たちと公演する機会を増やし、多くの人にその歌声を聞いてもらいたい」と語った。
(逆瀬川弘次)