奄美市で3月に開かれた鹿児島大学主催の生物多様性シンポジウム「奄美の植物と世界自然遺産」で講演する吉田正人・筑波大教授
IUCNの登録延期の勧告を受け環境省は、関係機関との協議に入る見解を示している。同省自然環境計画課の松永暁道専門官は、「評価結果を分析して、国の関係各所と協議を行う。世界遺産委員会まで期間が短いので、できるだけ早く判断したい。国だけでなく鹿児島・沖縄の両県とも協議し今後の対応を決めたい」と語った。
県奄美世界自然遺産登録推進室は登録延期の勧告について、「国の要請に基づき対応する」とコメント。2018年度の県予算で、奄美の世界自然遺産登録に向けた取り組みにも影響が出そうだ。同推進室の大西千代子室長は、「パブリックビューイングやシンポジウムなどのイベント系の事業は、国の対応が決まってから検討する」とした。
世界遺産委員会の結果を待たなければならないが、普及啓発や機運醸成を目的とした鹿児島市、奄美大島、徳之島で予定されていた世界遺産委員会パブリックビューイングや登録記念イベントなどは影響必至だ。一方、継続事業となっている世界自然遺産奄美トレイルのルート選定(奄美市名瀬、大和村、瀬戸内町、天城町)や、龍郷町長雲の「奄美自然観察の森」のリニューアルなどは粛々と進めていくとした。
環境省奄美自然保護官事務所の千葉康人上席自然保護官は、「IUCNは推薦地に資産の分断があり、持続可能性に懸念を示している。奄美大島と徳之島においても、推薦地が飛び地になっている箇所がみられる」と指摘された点を説明。「世界遺産委員会で登録延期になったら、マングローブパークに予定の世界遺産センター(仮)は見直しを要するだろう。推薦地の価値を守るため、今年度もワークショップ等で住民の声を聞いて、国立公園の管理計画作成に反映させたい」などと語った。
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吉田正人・筑波大教授(世界遺産学)は「文化遺産は逆転登録が多くなっており、政府が逆転登録を目指した場合、可能性がないことはない」と世界遺産委員会での逆転登録の可能性に言及。自然遺産に関して登録延期の勧告から逆転登録になった例として、16年のカザフ共和国、キルギス共和国、ウズベク共和国にまたがる西天山山脈や、17年のヨーロッパ12カ国にまたがる「カルパチア山脈とヨーロッパ各地の古代及び原生ブナ林」があるという。
今回、登録延期を勧告された「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」(鹿児島、沖縄県)の世界自然遺産推薦について、吉田教授は「逆転登録を目指すのでなく、修正すべき点を修正して再提出するべき」と指摘。「仮に逆転登録になってしまったら、文化遺産の石見銀山でやったことと同じ悪しき前例を自然遺産でもやってしまうことになる」と懸念する。
07年に登録延期の評価を受けた石見銀山は、世界遺産委員会における日本の大使のロビー活動で逆転登録された。しかし、その結果、地元が修正すべき点を修正し、観光客増加対策などを検討するチャンスを失い、一年だけ観光客が増えたものの、その後は大きく減少してしまったという。
吉田教授は「国際的には、日本が逆転登録させるなら、我も我もということになり、文化遺産に関しては不登録という最低の評価でない限り、登録延期を逆転して登録するのが当たり前のようになってしまった」。「自然遺産はさすがに科学的な評価に基づいているため逆転登録しにくいが、奄美・沖縄で逆転登録させると、自然遺産でも逆転登録するのが当たり前になってしまう。文化遺産に続き自然遺産でも、日本が悪い前例作りをするのはやめてほしい」と訴える。
推薦地の飛び地に関して、「IUCNの意見を聞いて修正すべきだが、生物多様性にとって重要な生息地がつながっていることを示すため、推薦地の周辺に十分な緩衝地域(バッファーゾーン)を設けることが望ましい」と提言。東京都・小笠原諸島の登録に関して、推薦前の科学委員会で世界遺産管理地域(島の海岸線から5㌔の範囲)を設定し推薦して登録実現したことから、「小笠原諸島の推薦の経験を生かして、境界線を作り直して再推薦すべきでないか」と吉田教授はアドバイスした。
(平真樹、松村智行)