床下浸水被害で避難

大雨で冠水した大山さん宅前の道路。周辺では多くの家が床下浸水の被害に見舞われた(提供写真)

埼玉県富士見市在住大山さん(知名町出身)
台風19号被害 河川が氾濫

 東日本を縦断し各地で記録的な大雨や暴風などの猛威を振るい、多数の死者を出した台風19号。埼玉県富士見市在住で知名町出身の大山安則さん(72)は、自宅が床下浸水、近くの小学校に避難するなど、関東在住の奄美出身者も被害に見舞われた。

 大山さんは、自治体などが避難を呼び掛けていたこともあり、12日午前に近くの小学校体育館に避難したが、午後になると猛烈な雨と風に見舞われ、自宅近くを流れる新河岸川が氾濫、午後9時ごろには、自宅前の道路が30㌢近く冠水した。自宅も床下浸水したが、あと数センチのところで床上浸水の難は逃れた。

 大山さんによると、新河岸川は40年ほど前に一度、氾濫したことがあり、地域では防災への意識も高かったという。今回も、水を吸い上げるポンプ2台を稼働させるなどしたが、氾濫を防ぐことはできなかった。

 大山さんは「40年以上暮らしているが、これほどの大雨と強風は経験したことがなかった。もう少し雨が長引いていたら、自宅は水浸しになっていたかもしれない」と、猛烈な台風19号の恐ろしさを語った。

 避難後、近くに住む高齢女性が避難できずにいることを知り、知り合いなどと連絡を取り合い、避難を手助けした。大山さんは「なんとかみんなで助け合うことができてよかった。各地で大きな被害が出ているが、自分たちも紙一重のところだった」と話す。

 同日午後になると、風雨はさらに強まり、市内の避難所には一時、600人以上が避難した。大山さんと一緒に高齢者の避難を手助けした同市の加藤清市議(59)は「手足が不自由な人やひとり暮らしの高齢者も多い。地域で助け合わなければ、犠牲者はもっと増えていたかもしれない」と話した。

 大山さんは「全国各地で犠牲となった人たちにお悔やみを申し上げたい。奄美出身者で被害に見舞われた人がほかにいるかもしれない。みんなで助け合って、災害を乗り越えていかなければ」と話した。