大震災・原発事故契機に奄美へ移住

マコモの葉を原料にしたお茶を加工・販売する藤井菊美さん

「マコモ茶」加工・販売、藤井さん

 現在、奄美大島で暮らす藤井菊美さん(46)は茨城県取手市出身。2012年に奄美へ移住したが、きっかけとなったのが前年の11年3月に発生し、21年で10年となる東日本大震災だった。東京通勤圏の取手市は千葉県に隣接する県南地域だが、茨城県は福島県の隣県だ。大震災による未曽有の被害は、東北地方の中で最も深刻化し、住民が長年住み慣れた地域で生活する権利さえも奪われたのが福島県ではないだろうか。

 福島県には東京電力の原子力発電所が存在する。地震から約1時間後、福島第一原子力発電所が遡上高14、15メートルの巨大津波に襲われ、原子炉を冷却できなくなるメルトダウン(炉心溶融)が発生、それにより大量の放射性物質が放出される重大事故を招いた。

 夫の勝(まさる)さん(54)、娘の菫(すみれ)さん(14)と共に神奈川県で生活していた藤井さん。震災前に実家がある茨城県に移住。一家は震源地に近い茨城で震災を経験した。原発事故による放射能汚染の恐怖が身近に迫った。母親として不安がよぎったのがまだ幼い娘への影響だ。菫さんは幼稚園の年長児で入学前。「娘を安心できる環境で育てたい」。大震災・原発事故は、藤井さんにとって生き方を見直す契機となり、「自然と調和」できる暮らしを求めた。生活に必要な仕事も、こなすのではなく「自ら作り出し表現する」ことを念頭に置いた。

 娘の小学校入学2週間前の12年3月、都会を離れ地方への移住を決意。家族3人でどこに居住するか。行先をもたらしたのが、夫が仕事で知り合った神奈川県在住の奄美出身者だった。初めて聞いた地名。藤井さんはネットで調べて南の島であることを知り、風土や歴史などを調べ、目指す生き方ができる移住先として期待が膨らんだ。

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 家族3人で奄美大島に移住して8年が経過した。移住してすぐに地元の小学校に入学した娘は中学生に成長した。もともとアパレル業界で働きデザインなどものづくりに携わってきた藤井さん。多才だ。ハンドメイド作品の制作(羊毛フェルトアクセサリー、オーガニックキャンドルを中心に、バッグ、織物、イラストなど)、販売、奄美手熟師会子ども講習会などワークショップ講師としても活動。しーまブログ発刊の「みしょらんガイド」「amammy」で斬新なアイデアが評判となった表紙の制作(フェルト作品、野菜デコレーション)を担当したのも藤井さんだ。

 現在、家族の住まいは2カ所ある。奄美市名瀬柳町と龍郷町幾里。内装業を営む仕事の関係で夫は主に名瀬に居住。藤井さんは名瀬から通うこともあるが、龍郷町内で中学生活を送る娘とともに主に幾里で暮らす。

 4年が経過した幾里での暮らし。それはマコモ(イネ科の多年草)がもたらした。奄美大島唯一の田袋が残り水田がある秋名、幾里集落。この水田を活用し最近は稲作よりもマコモ栽培の方が盛んだ。肥大した茎の新芽が食用のマコモダケとなるが、マコモダケの収穫を友人から誘われたのが出合いだった。

 収穫を迎えた頃。マコモは高さ1.5メートルまで成長。四方を取り囲むように生い茂り、まるで〝マコモの森〟のような状態となった水田に藤井さんは裸足のまま入った。「魂が震えるほど感動した。何も考えることなく無になって、マコモの中を奥まで進んだ。2、3時間いただろうか。途中で雨が降ったのも気付かず、マコモに包まれ、一体となるような不思議な感覚だった」。

 藤井さんによると、マコモには浄化の力があり、古代から霊草とされ、ご神体として祭る神社もあるという。そんなマコモの魅力に藤井さんは染まった。「奄美に行きたい、暮らしたいと思った感覚に似ていた。水田の近くに住みマコモを育てることを決意した」。

 幾里の住居近くの人が所有していた休耕田を借りることができ、耕運機を使った田起こしから始めた。3月に株を植え、その年の10月中旬、20センチほどの茎が膨らみマコモダケとして収穫できたが、藤井さんが目を向けたのは茂った葉の活用。浄化作用があるとされるのは葉だ。

 現在、藤井さんのマコモ栽培は水田二面で行っており、葉っぱ用とマコモダケ用に分けている。葉の収穫は5月から始まり、11月まで続く。周辺で共にマコモ栽培している人々の目的は食用のマコモダケの収穫。葉は必要としないだけに、自らの栽培だけでなく他からも提供され、藤井さんにとって葉は取り放題の状況にある。

 マコモの葉がお茶になることを教えてくれたのは、藤井さんが初めて入ったマコモ田を所有する栽培主。葉に最も興味をひかれた藤井さんは、まずお茶の加工に取り組んだ。その後、試行錯誤をし、マコモ茶エキス入りオイルやマコモ納豆、マコモ葉入りバスソルトなどのレシピを作成し、レシピ付きマコモ葉を商品化し販売を始めた。

 自らを「葉っぱオタク」と呼ぶ藤井さん。お茶の加工にあたっては葉を専用のハサミで手切りしているが、細かくカットすることにこだわった。煮立つと成分がたっぷり出るため。煮る前に、カットした葉を大きな土鍋で乾煎りすると、葉っぱ特有の青臭さがなくなり香ばしくなった。何度も繰り返した実験の成果だ。マコモをベースに島の素材のゲットウやショウガをブレンドすることも試みた。

 こうして栽培から手掛けた藤井さん手作りの「マコモ茶」が完成した。くせがなく飲みやすいのが最大の特徴だろう。効能としては体内の老廃物を排出し、血液循環を良くし免疫力を高め、整腸効果もある。女性の美容に良く、肌に出るアトピーやニキビを改善させるという。

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 葉を加工して生み出したマコモ茶。製品化ではパッケージデザインはお手の物で、自らネット販売にも乗り出しているが、牧統さん夫婦が経営している店舗「Frasco」にも卸している。マコモ茶だけではない。羊毛フェルトを使ったハンドメイドアクセサリーも店内には並ぶ。独特の立体感とぬくもりを感じるアクセサリーは、アマミノクロウサギやルリカケスといった奄美のシンボルとも言える生き物を題材にしている。「Frasco」のシンボルマークであるシロヤギの作品もある。

 奄美にしかないお土産として人気だ。フェルト作品が一つでも売れる必ず牧統さんからこんな報告がある。「クロウサギさんが旅立ちました」。

 藤井さんは語る。「作り手への思いやりがあり、とても丁寧。このご夫婦に販売をお願いしたいという気持ちでいっぱい。お店に置かせていただき、とてもありがたくうれしい。牧統さんの人柄を尊敬している。作り手と購入者を結びつけていただける。私が求めてきた調和の役割が、牧統さんにもある」。藤井さんの信頼は揺るぎない。