白神山地を歩く~上~国内初・世界自然遺産登録地

白神山地の世界自然遺産緩衝地域にある暗門第三滝(青森県西目屋村)
白神ラインから一望する白神山地(青森県西目屋村)

整備の遅れも自然を守る意味合い

今年7月、「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島」の世界自然遺産登録の報を受け、昨年春まで住んでいた奄美大島の自然の豊かさを改めて実感し、また島の森を懐かしんだ。今は関西に住む身だが、湯湾岳展望台から眺める青々とした山の風景は世界から認められてしかるべきだと、我がことのように誇り高く感じもした。少し時は流れ今年9月下旬。身を休める時間を得たこともあり、関西を離れ2泊3日の旅に出ることにした。新型コロナウイルスによる外出自粛が叫ばれる中でのこと。遠出をすることにいささか負い目を感じたが、▽一人旅▽感染対策の徹底▽事前のPCR検査受診―など、思いつく限りの対策を講じた上なら大丈夫と判断。旅立ちを決めた。国内初の世界自然遺産登録地「白神山地」を目にしたかったこともあり青森を行先に決めた。世界自然遺産として新米の奄美にとって大先輩にあたる白神山地から「何か学べないか」という思いからだ。自身にとって初めての東北旅行でもあるため期待をしつつ家を後にした。

大阪(伊丹)空港から青森空港まではJAL(日本航空)の直行便を使えば1時間半ほどのフライトだ。まだ暑さの残る青森空港に降り立った後、レンタカーを借りて白神山地へ向かう。道中あちらこちらに広大なリンゴ畑があり、青森に来たという実感を掻き立ててくれる。

空港から1時間半程度車を走らせたところに、世界自然遺産への入り口にあたる「白神山地ビジターセンター」がある。奄美大島では環境省が奄美市住用町の「黒潮の森マングローブパーク」付近に建設を予定している世界遺産管理拠点施設(仮称)と同じ役割を担うものとなる。そういった意味からも見学しておきたかったが、新型コロナウイルス対策のため、あいにくの臨時休館だった。

ビジターセンターから道路を挟んで向かい側の「道の駅・津軽白神・ビーチにしめや」には地元の食材や土産物が並ぶほか、レストランもある。ここは営業しており、白神山地に向かうであろう観光客らでにぎわいを見せていた。筆者もせっかくなのでクマ肉を食す。ビジターセンターからほど近いところで地場産品をアピールすることは観光面で有効だと感じた。

その後は景観の良い場所で休憩をはさみながら、「暗門渓流(暗門渓谷)」に向かった。世界自然遺産のエリアの中で、「緩衝地域」にあたる場所だ。

白神山地が世界自然遺産に登録されたのは1993年。人の手がほとんど入っていない広大なブナ林と、その独自の生態系を理由に「屋久島(鹿児島県)」とともに登録された。「核心地域」は既存の歩道(27ルート)に限り入山可能。いずれも遊歩道というよりは登山道で、日帰りでは往復できないというところも多いという。お世辞にも健脚とは言いがたい筆者は「緩衝地域」で、お手軽に白神山地の自然に触れることにした。

暗門渓流のシンボル「暗門滝」へ向かうことにし歩を進める。第一から第三までの滝があるが、第一滝への遊歩道は通行止めとのことなので第二滝を目指す。

遊歩道入り口でヘルメットを借り、ハイキングはスタート。落石による迂回があったほか、ところどころ道が崩れるなどの箇所が見当たり、遊歩道の整備・維持の難しさを感じた。2018年以降、奄美群島で開通した「世界自然遺産奄美トレイル」は観光客にとって歩きやすい道だろうか、今後も道を維持できるのだろうか、と思いをはせた。

渓流沿いでせせらぎの音に癒されながらぶらぶら歩くのは気持ち良かった。ブナ林は心なしか甘い香りが漂い、森ににおいがあることに面白みを感じた。また、白神山地の森は奄美の森と比べて静かだ。鳥や昆虫の鳴き声がにぎやかに聞こえる奄美の森とは対照的にせせらぎだけが響いていた。

40分ぐらい歩き、疲れが出始めたころ、滝の音が耳に入る。切り立った崖下の細い岩場を抜けたと同時に、圧巻の水量で暗門滝・第三滝が迎えてくれた。第三滝から第二滝はさらに10分ほど歩いたところにあり、この道もまた急こう配だった。轟音と水による風圧で耳は痛くなったが、不思議といつまでもその場にいたいような感覚を得た。

暗門渓流を下山し、車に戻った後、日本海側を目指す。日本海側へ抜ける道「白神ライン」は距離にして40㌔以上が未舗装区間で、砂利道を走行せねばならない。こうした整備の遅れは観光客にとっては不便極まりないものだが、自然を守る意味合いでは役に立っているのだろう。2時間ぐらいの道中ですれ違った車は見かけた野生のサルより少なかった。

なんとか日本海沿岸に抜けたのは夕暮れの頃だった。マグロの水揚げで有名という深浦町で海鮮丼を食した後、海沿いの道の駅に駐車し車中泊。窮屈で眠れないだろうと心配をしていたが、疲れからかぐっすりと眠りにつくことができた。