エルフィン 妖精(下)


社交性が高い幸輝さん。一緒に集い合う仲間たちがいる

良い刺激もたらす関わり

のぞみ園の大山さんは早期療育の効用をこう説明する。
「さまざまな理由によって、損傷やつながりにくい神経細胞も、良い刺激を与えることによってダメージを受けた神経細胞も、隣のシナプス(神経細胞同士の継ぎ目)と手をつなぐ。それによりダメかと思われた神経細胞も代替えして、どんどん手をつなぎ、発達を促す」

この良い刺激。幸輝さんには療育のほか、お母さんを始めとした家族の存在、友達、学校関係者、そして地域の人々などの関わりがある。幸輝さんは、小学校は輪内保育所で出会った友達とともに校区内の朝日小へ。特殊学級に入級しながら同級生と共に遊ぶ機会も多く持つことができた。

この学校には長女と二女も通っていた。幸輝さんの入学について事前に須美子さんは2人に説明している。「とてもしっかりしていて頼りになる存在」という長女はこう言った。「いいんじゃない。3人が一緒に同じ学校に通った方が様子がわかっていいよ。幸輝が学校で困ったことがあったら、お母さんとお父さんにちゃんと言うから」。心強いきょうだいの存在もあり、須美子さんは幸輝さんの状態の特徴を隠すのではなく堂々と表に出していこうという気持ちを固めた。

▽友達

学年が上がるにつれ学習面の支障から、友達とは別の教室で授業を受けることもあった幸輝さん。須美子さんら家族は、中学校からは養護学校に通わせることを決断。一家で学校に近い龍郷町に転居したが、その前段階の小学校ではいじめに遭うことも。しかし、ここでも周囲の関わりが良い刺激をもたらす。

雨天のときだった。学校の後方には山がある。一つ上の学年の児童らが山の部分を指さし、「幸輝、そこを登れ」と命令した。幸輝さんは泣きながら言った。「いやだ。先生から登ったらだめと言われている」。ちょうどそのとき、幸輝さんの保育所時代からの友達が通りかかった。泣いている幸輝さんの様子に驚き止めると同時に先生に報告。幸輝さんは被害者だが、いじめという悪い気持ちを他の児童に起こさせたことを須美子さんはショックに感じた。

落胆する須美子さんを前に先生は言った。「お母さん。幸輝くんがいることで周囲の子どもたちに思いやりの心が育まれています。今回いじめた子も深く反省しています。幸輝くんによって、みんなが優しい気持ちになっています」。良い刺激は幸輝さんだけでなく、友達にももたらされていた。

好きなもの、興味あるものも良い刺激だ。名瀬で居住していた頃、自宅近くに整備工場があった関係で幸輝さんは車、特にトラックなどの大型車に関心を示した。周囲を圧倒するような威風堂々とした大型車の姿が「かっこいい」からだ。学校から帰るとすぐに整備工場に行き、車の機械を修理する様子や大型車の出入りの見学を楽しみにした。
 この興味は今も変わらない。幸輝さんにはこんな特技がある。大型車のエンジン音を聞いただけで、誰が運転しているのか当てることができるのだ。人懐っこい笑顔で幸輝さんが道路に立つと、通行する大型車の運転手が幸輝さんを前にして必ず手を挙げる。これで幸輝さんは運転手の顔を覚え仲良くなり、助手席に乗せてもらうこともある。それによって運転手の名前も覚える。幸輝さんが「友達」と言う運転手は20歳代から70歳代と幅広い。ちょうど自宅で取材中、大型車のエンジン音が聞こえた。幸輝さんは言った。「あっ、てっちゃんだ」。

この好きなもの、興味あるものは養護学校の高等部で、卒業後の社会性の育成で取り入れられた。幸輝さんの課題に持続性があった。就労する上では手順を踏まえながら同じ作業でも継続していくことが求められる。持続性の育成で養護学校の教職員は車を絡めた。車の洗車という仕事を幸輝さんに与え、▽希望をとる▽洗車をする▽「終わりました」と報告する▽納車する―という手順を覚えさせた。大好きな車が関係する仕事。幸輝さんは作業の流れを喜んで覚え何度も繰り返した。

「好きなことを絡めることで続けることができる。現在の就労も幸輝が続けることができるのは、もらった賃金で大好きなトラッカーマガジン(月刊誌)を買うという楽しみがあるから。欠勤することなく出勤し仕事を続けることができるのも車という好きなもの、興味があるものがあるからなんです」。須美子さんはにこやかに語った。

▽大事な一員

幸輝さん一家が居住する龍郷町玉里地区。就労後の夕方、定期的に幸輝さんが立ち寄る場所がある。海沿いにある一軒家だ。そこには集落の気の合う仲間たちが集う。みんなでお金を出し合い、それによってつまみが調理され、アルコールなどの飲み物が出される。

仕事が終わるのが早い幸輝さんが真っ先に到着し、皿を洗うなどの準備をこなす。買い出しも幸輝さんは喜んで担当する。購入する品物が書かれたメモを手に現金を持って近くの店へ。午後7時、8時になるとみんなが集まり始める。テーブルを囲み、いつもの自分の席に座る。幸輝さんはビールサーバーの近くに座り、手慣れた手つきでビールをコップに注ぎ渡す。幸輝さんはアルコールが飲めない。でも提供する側になることで、みんなと打ち解けあう。役割を与えられ、みんなから頼りにされることを幸輝さんはこの上ない喜びと感じている。「ここに来るのが楽しい」。何度も口にした。

「幸輝がいるからこうして集まれる。とても頼りになるし、助かっている。われわれの大事な一員。幸輝がいないことが考えられない」「この間は集落の行事に幸輝を誘った。町民フェアでは玉里が八月踊りをする番だったが、幸輝は集落を代表して喜んで舞台に上がり、一番目立つ中央で踊っていた」。碇山昭和さん、伊集院千力さん、辺木和彦さん、岡山忠洋さん、里和弘さん、俵秀隆さんらは語った。

幸輝さんを見つめるみんなの表情。アルコールが入っているためときには大声になることもあるが、眼差しに幸輝さんが映るとみんな表情が緩む。輝くような幸せを周囲に運び込む。まさにエルフィン(妖精)だ。