一般就労を目指す尋之さんを支援している武井さん(中央)と、夢来夢来サービス管理責任者の向真由美さん(右)
4年間に及んだのぞみ園での療育。尋之さんの言葉を引き出すにあたり、大山さんらはこんな工夫をした。
初めての通園で見せた尋之さんの物おじしない人懐っこさ。それは現在も社交性の高さとして継承されているが、「とにかく人が好きな子だった。遊びではみんなと同じことをやりたがったことから、自分のうれしい気持ちを大人に伝える言葉に力点を置いた」。
大山さんらは尋之さんを見詰め、「あー、○○なんだね」と尋之さんの気持ちを表す言葉にして返すことを心掛けた。これも筋力の弱さが影響していたのだろう。尋之さんは発音が弱い傾向があったことから、園内の遊びでは筋力アップにつながる運動遊びを率先して取り入れたという。
変化が見られるようになったのは4歳過ぎから。発する言葉がつながるようになり、おしゃべりが止まらなくなることも。ここでも保育士らは丁寧な対応を怠らなかった。「助詞の『てにをは』など言葉づかいに注意し、間違いがあった場合は、ゆっくり分かりやすく伝えていった」(大山さん)。
▽進路
のぞみ園での療育で言葉が引き出された尋之さん。卒園後は奄美市内の小学校、そして中学校へ。小学2年のときから特別支援学級に在籍した。
苦い思い出なのだろう。尋之さんの表情がやや硬くなった。小学生時代にはいじめを受けている。同学年のみんなでプール清掃をしていたとき、「障がい者はしなくていい」という言葉を浴びたほか、靴に押しピンを入れられることもあった。
通常学級の級友たちは「他のみんなと尋之が、少し違うことが気になったようだ。いじめているつもりはなかったかもしれない」(末美さん)。当時について「こわかった」と語る尋之さん。無抵抗でやり過ごすしかなく、その頃は学校から戻ると自宅にこもることが多かったという。
高校からは養護学校の高等部へ。「本当は通常の高校へ行きたかった」尋之さん。その思いは、中学3年のときにあった高校の教員による出前授業の体験を通して強くなった。情報処理科の授業だった。もともとパソコンやゲームに関心があったことから、専門的でも実践を通した分かりやすい内容に「興味を持ち、とても楽しかった」。
これが契機となり情報処理科がある高校を尋之さんは希望したものの、養護学校への進路を両親が説得。「学力の面で難しいだろう。受験で合格できたとしても授業にはついていけない」。この判断に尋之さんも従った。
養護学校高等部卒後の進路として尋之さんは一般就労を目指すことを決意。地元にある民間企業など事業所への就職だ。
障がい者の就労支援では、就労移行支援と就労継続支援(A型、B型)がある。このうち就労移行は尋之さんのように一般就労を希望する人への支援(個別プログラムを作成、職場実習を行い、一般企業への就労に向けて必要な知識や能力向上のための訓練を行う)。就労継続支援の方は、就労に結びつかなかった人に、就労や生産活動の機会を提供(雇用契約は結ばない)するとともに、必要な知識、能力が高まった人には一般就労等への移行に向けて支援を行っている。
一般就労と福祉型就労では賃金面などで差があるだけに、一般就労の方が社会人としての自立に近づくことになる。一般就労を目指したものの現状は難しく、福祉型就労と生活保護や障害年金等で生活する人もいる。
高等部3年の夏には一般就労が現実味を帯びる機会を得た。就労に向けた足がかりとして養護学校では職場での実習を行っている。その実習で福祉施設だけでなく、名瀬地区にある民間事業所での実習がかなったのだ。廃油の再生に取り組む部門もある事業所で、尋之さんは2週間の実習を体験。充実した実習内容や職場の雰囲気から卒業後の就職を希望。事業所側も前向きな姿勢をみせたものの、残念ながら実現せず。
他にもオープン前の飲食店の面接に挑戦。しかし希望する仕事内容ではないとして尋之さんは決断できなかった。結局、一般就労は実現しないまま尋之さんは養護学校高等部を卒業した。
▽不安も
現在、尋之さんは社会福祉法人三環舎(向井扶美理事長)が運営する障がい福祉サービス事業所・夢来夢来を利用。一般就労に向けた支援を受けているが、希望する職種の一つとしてスーパーでの勤務を挙げる。仲が良かった養護学校の先輩がスーパーに勤務し、商品の棚卸し作業をてきぱきとこなしている様子を見て「楽しそう。商品が不足していないか確認するなど大事な仕事だけに、やりがいがあるのではないか」。
母親の末美さんは語る。「一般就労できたら親としても安心。短時間や短期間などアルバイト的な就労よりも、できれば正規雇用で就職できたらいい。特に障がい者の雇用に理解がある企業に就職できることを願っている。ただ法的には整備(すべての企業を対象に、雇用の分野で障がい者への差別を禁止する改正障害者雇用促進法が今年4月1日施行)されても、奄美の事業所でどれだけ浸透しているだろうかという不安もある。経営的な厳しさもあり、『同じ賃金をもらっているのだから、同じように働くべき』という考えを抱く事業主や従業員の方が多いのではないか」。
こうした不安の払しょくへ就労を目指す障がい者と、事業所の間に立っているのが就労支援員だ。尋之さんを担当するのは武井悠起さん=あしたば園=。武井さんは、尋之さんについて「とても前向きで就労へのやる気を感じる。本人の意欲を大事にしながら適した職種を見つけてあげたい」と話す。