明治日本の産業革命遺産と奄美

明治日本の産業革命遺産と奄美の関係性を解説する市原さん

「遺産歴史 奄美から」
専門家招き関連性講演

 NPO法人かごしま探検の会は14日、奄美市名瀬の奄美博物館で「明治日本の産業革命遺産」に関する講演会を開いた。同遺産と奄美をテーマに九州大学助教の市原猛志さんを招いて講演。市原さんは江戸時代末期に奄美大島で白糖工場建設に携わったトーマス・ウォートルスなど3兄弟の業績を紹介し、「明治初期の複合的な産業の成長は、奄美から始まった」と訴えた。

 同遺産は鹿児島市の旧集成館、寺山墨窯跡、関吉の疎水溝など8県11市にまたがる23資産で構成される遺産群。19世紀後半から20世紀初頭の50年余りの短期間で、在来の伝統文化と西洋の技術を融合させて産業国家となったことなどが評価され、2015年7月に世界文化遺産に登録された。

 市原さんは欧米列強による開国の圧力を背景に、薩摩藩当主・島津斉彬によって実施された集成館事業を解説。同藩は西洋技術導入・集成館事業の一環でトーマスを招き、同事業に関連する金久製糖工場(奄美市)、須古製糖工場(宇検村)など4工場を建設。その後、トーマスは欧米の先進技術を導入するための「お雇い外国人」として、大阪府の造幣寮応接所や銀座煉瓦街建設に携わったほか、弟のアーネストも初期の官営製鉄所で従事したことなどを紹介。

 市原さんは「ウォートルス兄弟は明治日本の産業革命遺産の構成資産のうち、製鉄と炭鉱エリア全般に関わった」と強調。「同兄弟の技術供与がなければ成し遂げられなかった。奄美での製糖工場の建設から、お雇い外国人の産業革命遺産の歴史が始まった」と持論を展開した。

 15日には、同市名瀬の金久製糖工場跡地を見学するまち歩きもある。