韓国の圓光大学校で行われた学会に参加した瀬戸内町教委の鼎さん(提供写真
韓国の中西部・全羅=チョンラ=北道の西北端にある益山=イクサン=市の圓光大学校嵩山記念館でこのほど、国際学術大会「第1回東北アジアの戦争遺跡と平和教育」が開催された。この学会に瀬戸内町からも参加があり、担当者が報告を行った。韓国と日本の研究者により、中国・韓国・日本における戦争遺跡と平和教育の現状について事例発表や討論を実施。戦争遺跡の保存や活用が論じられた。
同町から教育委員会社会教育課の鼎=かなえ=丈太郎学芸員が出席して事例発表。鼎さんによると、活動事例は参加者に好意的な受け取りをされていたという。
同町は町内の近代遺跡(戦争遺跡)の分布調査を実施し、近代遺跡として陸軍・海軍206カ所の軍事施設跡と関連する648点の文献資料を確認。町教委は2017年度から重要な遺跡について、測量、発掘調査に入っている。
学会に参加することになったのは、「昨年度に、鹿児島大学の客員教授として来島し戦跡調査を行った済州大学校社会学科の趙誠倫教授から、学会で瀬戸内町の戦争遺跡の調査と活用について報告してもらえないか」との依頼がきっかけ。学会で発表した参加者の中で、考古学専門で行政担当者は鼎さんだけだったという。
鼎さんは、学会の第一部「地域における戦争の記憶と平和の模索」で、「近代遺跡を生かした郷土教育」と題して事例発表。発表のまとめで、「戦争について『自ら語らずとも存在において語る』戦争遺跡が果たす役割は着実に増えてきており、近代遺跡の調査がますます重要。今後調査が進められることで、奄美群島から世界へ発信できる可能性がある」と報告した。
学会では、「戦争と平和」や、「加害国や被害者意識」などに言及する場面もあったが、鼎さんは「全般的には戦争遺跡をどう捉え、平和教育につなげるか、戦争遺跡をどのように保存・活用するかが主な論点だった」「学会で得られた情報は、今後調査などに活用を図る」と振り返った。